夜に興ず


 舞い踊るシフォンのドレスを掻い潜り、宴を進む二人の表情は絵に描いたように対照的だった。
 かたや燕尾服に袖を通し、形式的な礼装を飄然と着こなす黒髪の男。かたや純白のカクテルドレスに身を包んだ可憐な貴人である。歩く度に揺れる桃色の髪を飾るのは、ドレスと同じ生地を咲かせた八重の薔薇。手袋に包まれた細い指先が花の角度を直す、その些細な仕草にも衆目が集まり、会場は押し殺しきれぬ溜息で満たされた。
 注目の的となっている事に堪えきれず、白い舞踏服に身を包んだキルシウムは、片手を預けているクロに囁きかけた。
「……なあ、クロ。どうして僕がお前の相手役で、ドレスなんか着せられてるんだ?」
「あれ、もしかしてキルシウムちゃんは俺のドレス姿をご所望だった?」
「そっ、そういう意味じゃないっ! ただ――パートナーならフィンでも構わなかっただろうと言っているんだ。お前達は相棒なんだろ。僕と組むよりは……余程」
 思わず声を荒げてしまった瞬間、しぃっと立てられた人差し指にたしなめられて、キルシウムはトーンを落としぶつぶつと続ける。その訴えは至極尤もで、何しろ彼らは知り合ってから日が浅い。
 だというのに今夜はこうして共に、この夜会の警護のため招待客を装って紛れ込んでいる。根っからの正義心で動く勇者二人の説得に、僅かばかり心を動かされたためか――本音を言えば人間の、しかも道楽に現を抜かす富豪がどんな悲劇に見舞われようと構わないのだが。
 “被害を被る者が例え善人でなかったとしても、それがその時起きた悪事を見過ごして良い理由になるのか?”
 真っ向から突きつけられたその疑問に対する論破が見つかる間くらいは、放蕩者に対しこみ上げる嫌悪へ蓋をしておいても良いかもしれぬと、そう考えたのである。
 しかし、未だ置かれた珍妙な現状を全て飲み込めた訳ではない。難しい顔をしてはついむくれてしまう。
「仮に僕が会場に居るのにメリットがあったとしても、今こっちを監視してるフィンは剣を使うんだろ? どちらかといえば、遠距離に長けたクロが裏で控えていた方が効率が良いに決まってるのに。なにか悶着が起きたら、会場に居る僕らがその場を制圧しなきゃならない……つまり近接を想定した立ち回りになる。逆に、逃亡する犯人をけん制するにはリーチの長い銃の方が効果的だ。今回の配置はお前が並々ならない剣幕で押し通した案だけど、その真意は一体どこに」
「はい、ドレス姿のキルシウムちゃんが超カワイイからです!」
「は……!? ばっ、ばかじゃないかっ。おまけに選手宣誓みたいなポーズでこっちを見るな!」
「照れてる顔も超カワイイです!」
「なっ、も、もう黙ってくれ……! 大体お前はっ」
「悪は打倒するもの。けど、パーティーってのは楽しむもんだろ? フィンはその辺り、割り切らないんだよ。そもそも不器用だし、堅物だからな。仕事と娯楽、どっちかに集中しないと駄目ってタイプな訳」
「……クロは、僕が器用なタイプに見えるのか?」
「いいや、全然! けど、表現方法は不器用でも心で楽しんでくれるタイプと見た」
 だから、とクロは向き直る。なにを、とキルシウムは困惑した。気づけばダンスホールの中央で向き合う彼ら。余韻と前奏のほんの束の間、恭しく頭を垂れた銃士は繋いだ手をそっと掲げた。
「一曲踊る間だけでも良いから、お姫様になって頂けませんか?」
 なんと都合のいい話だろう。しかし思えば、御伽噺《ロマンス》にご都合主義はつきものだった。無意識の内に微笑を綻ばせて、キルシウムは応じるように膝を折って礼を示す。
「――いいよ。ただし、あなたが王子様になってくれるのならね」
 幸運な事に、夜はまだ更け始めたばかり。剣士が見守る束の間の幻想に向けて、最初のステップを踏み出した。







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