Bellis perennis


 吹いた風にふと煽られた花が、瑞々しい花弁を散らした。サイトと並んで歩みながら、モーリスはその一部始終を偶然にも見届けてしまう。
 ブリオニア邸がひっそりと抱えている花園は、色とりどりの花々が咲き誇りいかにも賑やかだ。サイトがきちんと手入れをしているお陰で、花達は萎れる事もなく活き活きとしている。だから、不慮の突風で散って俯いた一輪が余計に儚げに見えた。
 知らず足を止めていた青年にならって、人形もそっと歩を休める。何事かと問いたださず、サイトはただ待っていた。やがて、旅人の口から躊躇いがちに言葉が紡がれる。
「サイトさん……俺はいつからかごく当たり前のように、このブリオニア邸は、何があっても変わらないものだと思っていたみたいだ。ここにいるあなたが、変わらないせいもあるだろう。
 でも、それはそう思いたかっただけだったんだ。いつまでも変わらないのはあなただけだなんて、そう思いたくなかっただけなんじゃないかな」
「旅人さんは……変わらないことが嫌なんですか?」
「いいや。サイトさんが一人になってしまうのが嫌なんだよ」
 時の流れに翻弄され、風化していくもの。花などその最たるものだ。どんなにせっせと手をかけても、瑞々しい花弁の大半は夏の終わりに萎れ、秋の乾いた掌に弄ばれてから、冬の冷たい土に還ってしまう。
 そして、きっと人間である彼も。
 永遠なんて今まで見た事がないけれど、目の前にいる人形はきっとそれに近い時間を過ごすのだろう。長い長い間を、沢山の出会いに触れて、沢山の別れに立ち会って。
 空いた手が無意識の内に求めたのは、サイトの掌だった。触れた指先を絡めて、確かめるように繋ぐ。
 いずれ自分も老いて、死んでいくのだ。愛するひとを残したまま。それは動かしがたい事実、決められた運命。神様に割り振られた時間が、そもそも違いすぎるのだ。
 からといって、永遠に枯れず、褪せもしない造花がサイトに相応しいか? いいや、それは断固として違う。
 無限に等しい人形、なのにどうしてこんなにも花が似合うのだろうか。今この瞬間も生き急いで綻ぶ花々が。
 ややあって、モーリスは僅かに息を呑んだ。

 花はいずれ散る。しかし、やがて巡り巡ってきた春には再び、見知った懐かしい色を咲かせるじゃないか。
 気が遠くなるほど昔から、繰り返されてきた約束。その循環は正しく、永遠と呼ぶに値する気高さだった。
 黙考の末、突如閃いた様子で表情を明るくさせた青年を、サイトは微笑んで見上げている。やがて向けられた彼の瞳は、隠しようのない愛しさに満ちていた。
「サイトさん、聞いてくれるかい?」
「なんでしょう、旅人さん」
「俺はいつか分からないどこかの日に、どうしようもなく死んでしまう。それはどうにもならない事で、いずれこうしてサイトさんに話を聞かせる事だってできなくなってしまうだろう。
 でも、どうか約束させて欲しいんだ。例え俺が旅を続ける事ができなくなって、一所に眠らなくてはならなくなっても……毎年必ず咲く花に姿を借りて、あなたに会いにくる。
 何度枯れ落ちても、またサイトさんの笑顔を見るために、この庭で咲くよ。だから、あなたもきっと笑っていてくれるね?」
 返答の代わりに、そっと差し出されたのは一輪の花、柔らかな微笑。
 向かい合う二人の手の中では、ヒナギクの白い花弁が揺れていた。






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