現在の肖像


 絵筆を運ぶ手をふと、止める。リュイオンは今まで無心に向き合っていたカンパス越しに、そうと、今回の被写体であるタイムを覗き見る。
 アンティークゴールドの杖を持ち、澄ました様子で紅いビロードが張られた椅子に腰掛ける少年は正しく、王様だった。その名詞のイメージが持つ厳格さや、有り余る権力への矜持などを何の気負いもなく体現している。ただし、どことなく陰を負っているのは王様は王様でも、悪役としての立ち回りを担った魔王であるせいか。
 伏せられていた灰色の瞳が持ち上がり、ふと両者の目が合った。どちらともなく、あ、と声が漏れる。
「えっと……タイムくん、疲れませんか? すこし、休憩を……」
「俺はただ座ってるだけだから大丈夫だ。お前の方が疲れるだろ、さっきから一向、手を休めないで描いてくれてるんだから」
「私はずっと絵を描き続けたい、と昔から思い続けて、今の私になりました、から」
 彼女が零す、ふふ、という柔らかな笑みが空気を震わした。その余波が届くと、少年は思案ごとを一時すべてやめて、頷きだけを返す。
 再びカンパスと向き合うリュイオンは、画面の大部分を占める黒と灰色に手をつけながら、一定の調子で紡がれるタイムの声を聞いた。
「俺も随分と長いこと生きているつもりだし、これからもそうなるんじゃねえかと漠然と考えてるんだが」
「はい」
「リュイオンは、人形になる前は人間だった。今思えば俺だってそうだ。魔王になる前は、一応人間ではあった。けど、その思い出に一体どれほどの意味があるんだろう。振り返ってみれば失うものばかりで、得たのは永遠に等しい空白だけだと、ふと弱音のように思う」
 自問には明確な問いかけがあらわれている。
 お前も、そうは思わないのか。人として生き、人として死ぬ事ができなくなった後悔はないのかと。

「――私は逆に、思います」
 静寂さえ従えて、全てがしんと黙りこくった石の城の中で。
「頑丈な人形の身体になれたから、長い旅もできました。旅ができたから、大切な人にも出会えて……その大切な人はもう、いません。だけど、沢山、沢山、大事なことを教えてもらいました。
 失うものが何もなかった、なんて言いません。でも、振り返る思い出は今見ている世界と同じように、いつでも、色鮮やかです」
 喪失によって得られたものがある。失うものを補って余りある、大切な宝物。
「だから、私は今が一番、たのしいですよ」
 微笑みと共に告げられたのは、紛れもない現状賛歌だった。一言一言に乗った優しい響きは、リュイオンが心の底からそう思っていると信じるに足るものである。
 そんな彼女の目に、この魔王はどう映っているのだろうか。
「あと少しで、描きあがりますよ」
「ああ――楽しみだ」
 悲しみを繰り返すこの世界に、少女の筆が魔法をかける。





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