感情行進


 正直なところ、動物を檻に閉じ込めて衆目を集めるという発想が気に入らなかった。その根底はキルシウムが嫌う人間のエゴに他ならないし、そう考えると来園者する人々の視線にも、浅ましい優越を見出してしまう。
 しかし――クロがどうしても行きたいと言って聞かなかったから。
 この日のために、友人から決死の思いで助言を仰ぎ、砂糖菓子のような慣れないデザインのワンピースにだって袖を通した。どうせ行くなら楽しみたかった、だけど。
「……キルシウムちゃんって、意外と顔に考えが出る気がする」
「っ、おっ、おい! クロ、顔が……顔が近い……!」
 気づけば、ずいっと乗り出してきた彼の顔が目と鼻の先にある。色違いの瞳はキルシウムの目の色を覗き込むように細められていた。その思慮深い表情も束の間、僅かばかりの切なさを表面に残したまま、青年はにっかりと笑う。
「動物を追い詰めるのも人間なら、助けなければならないのも人間なんだろうなあ」
「……?」
「キルシウムちゃんも知ってるだろうけど、動物園は単に動物を展示するだけじゃなくてさ。絶滅しそうな種の保存っていう役割も担ってるんだぜ。今目の前でのんびりしてるツキノワグマだって、絶滅の危機だもん」
 ま、動物の側からしたら、人間の定規で測られた危機も救いも等しく、どうだって良いんじゃないかと思うのが本音だけど。そんな軽薄な台詞と同時に、クマが大きな口を開けて欠伸をした。
 ふと思考の空白が訪れて、キルシウムは自然と檻越しに動物と向き合う。そう、使い古された言葉だけれど、よく言うじゃないか。檻の内側と外側なんて、誰にも決められないのだって。
 やにわ、くいっと手を取られる感覚がして意識が浮上した。引かれるままに歩き出す段になって、ようやく抗議の声をあげる。しかし勇者の能天気な耳には歓声にでも聞こえているのだろうか、振り返るクロの表情はこれ以上にないほどの笑顔だった。
「とか言う哲学的な話は置いといて! なぜ俺がこの動物園をチョイスしたか? それは……此処のカフェで出されるパンケーキが密かに口コミで広がっているからだったりして! ほら、そろそろ昼時だし」
「だからそう、何時も勝手に決めて……。少しは僕の話を」
「ココア味のクマさん型パンケーキが一番人気なんだってさー。ほら、可愛い」
 示された携帯端末の画面に表示された写真。丸いパンケーキにはチョコレートソースで可愛らしい顔が描かれ、上部には半月型の小さい生地がつけられたメニューは正しくデフォルメされたクマに相違ない。確かに、可愛らしい。う、と思わず喉に詰まったのは咄嗟に出かけた天邪鬼な台詞。
 彼は勝手ばかりだ。したいようにする、まるで今しなければ後悔すると言わんばかりに。対する自分は一番伝えたい言葉を、常に避けていはしなかったろうか?
 黙りこむキルシウムは、何か言いたい気持ちが先走って唇を震わせる。今にも俯いてしまいそうなその様子を、クロは何時の間にか足を止めて見守っていた。
「――僕も」
「……うん」
「僕も、その……パンケーキを、食べてみたい、と思う」
 耳まで赤くしながら、やっとの思いで告げた本心。
 それをあらん限りの声音で祝福し、はしゃぎまわるクロをいさめるのに大変な思いをするのは、ほんの数十秒後の出来事なのだけれど。







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