即興舞踏


 風が踊っている。煉瓦の敷き詰められた広場の中央で、二つの人影が即興劇を繰り広げていた。演目は模擬戦闘。一対一の白兵戦を想定した華々しい立ち回りは、通りがかる人々の足を止め、遠巻きに見守る円陣を組ませるには十分だった。
 イミルイの動きは正確無比である。込めた力は必要最低限であり、二手三手を先読みして間断なく進撃した。振るう拳はその可憐な白さに反して、空気を切る時は研ぎ澄まされた刃のような音を立てる。長く伸びるまま遊ばせた薄青紫の髪が、花咲く様にも似て舞った。丸い爪先のパンプスが、カッと高い音を立てて踏み込む。一突きはさながら弾丸。体重を乗せて真っ直ぐ放たれた握り拳が、体をよじるドクスの鼻先を掠めた。
 対するドクスの動きは、風に流されるような不安定さである。あちら、こちら。寸での所でイミルイの攻撃を避け続け後退を余儀なくされる姿は、明らかな劣勢を見る者に印象付けた。今しも、黒い革靴が危ういリズムを失い、足がもつれて転ぶのではないかと。
 群集は恐らく、イミルイの勝利を確信しただろう。ちらり、ちらり。鼻先を舞う雪花に気づいたものは皆無だから。
 唯一、渦中の二人を除いては。
「……待っているのなら無駄、ですよ。ドクス」
 語りかける人形の口調は、まるで淹れたての茶を勧めるような穏やかさだった。その双眸は凛々しく細められ、不敵に時間を稼ぐ吸血鬼を射抜いている。
「そうかな、イミルイ。俺は何でも自分で試してみないと気が済まない性分でね」
 そう語っている合間にも本当に僅かずつ、振るわれる腕の、進む脚の速度が鈍くなる。纏わりつく霜がやがて氷に肥大し、関節の稼動範囲を狭めていた。ゆったりと冬が訪れるように。だから彼は待っているだけで良かった。自ら手を下さずとも、やがてイミルイは動きを止めざるを得なくなるのだから。
 しかし、相対する人形はその戦法を卑怯とそしったりはしなかった。ならば、と成すべき事を成すだけである。
 氷付けにされてしまう前に、ドクスを降参させてしまえば良いだけだ。
 余分を一切省くのを止める。込めた力が熱を帯びる。五指を握り込んだ掌がにわかに熱くなる。広がり、厚みを増していく薄氷を易々と砕き散らせながら、渾身の一撃を構えた。
 何処にそんな力を残していたのか。ガラスを踏み砕く音にも似た儚い音と共に、氷結の戒めが破壊されるのを聞きながら、吸血鬼は過ぎる思考を何とか拾う。或いは、この人形のスペックに限界など存在するのか。瞠目したのも束の間、いともあっさりとその両手は肩の高さまで挙げられて、ひらりと白い手の内を晒した。
 次に驚くのはイミルイの番である。その唐突に過ぎる降伏の仕草に、やっとの思いで踏みとどまった。流星の勢いで飛び出しかけたパンチを、もう片方の手でパンッと辛うじて止めると、その目を大きく瞬かせた。
「降参だ。お前に本気で勝とうと思ったら、猫か子供を人質に取らなきゃいけなくなっちまう」
「……ドクスはそんなこと、しません」
 ふるふると迷わず首を横に振る相手を、今度こそ面食らった様子で見つめるが、ややあってドクスの朗笑が響いた。
 唐突に始まった戯れはまた、唐突に幕を下ろす。白昼夢を見ていたかのような表情の人々は、並び立って歩き出す主役二人の道を空けるため、自然に一歩引いて花道を作った。
「久しぶりに動いた、少し休憩したい所だな。イミルイ、これからデートをするなら何処がいい?」
「この近くに……動物園が、あるそうです。この間……ライオンの赤ちゃんが生まれたって、ニュースになってました……」
 心なしか瞳を輝かせながら語るイミルイに、満足げな様子で頷きながら腕を差し出す。それが何より明白な出発の合図だった。それを確信して、人形はゆったりと自らの手を吸血鬼の細腕に慎ましく絡ませる。
 去っていく彼らの一日を余すところなく見守ったのは、真上で輝く太陽のみ。日が傾く間まで、ほんの一時の親交。







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