テキスト | ナノ
背負っていた重たいリュックサックを一度肩からおろして、中をごそごそと青峰はあさった。中の側面にある小さなポケットから鍵を引っ張り出す。青峰がこのカバンを使って出かけるときは、必ずそこに鍵を収納していた。長年の習慣といっても過言ではない。お互いに車は持っていてそれでいて行先や目的に寄って乗る車を使い分けているので青峰と黄瀬のそれぞれの車の鍵、コーチしているチームの自分用のロッカーの鍵と、それから黄瀬と一緒に暮らしているアパートの鍵の4つがキーチェーンにつけられている。そのうちの一つ、自宅の鍵をつまみ出すと、目の前の大きな扉の鍵穴に差し込んだ。新婚というのか同棲初期のころは、チャイムを押して「俺だけど」と言えばドアが開いて微笑みながら「おかえり、お疲れ」と言ったり言われたりしていたけれど、次第にそれも無くなってしまった。青峰はそれは寂しいことだと思うけれども、お互いに落ち着いたということかもしれないし言わなくても好きだという愛してるという気持ちは伝わっていると自負している。
 ガチャリ、そう金属質な音をさせてドアを開けて「ただいま」と言う。いつもならば出迎えは無くなっても「おかえり」と廊下の奥のリビングから声がするのだが、今日はそれはない。黄瀬からは今日は一日オフだと聞いていたから家にいるものかと思っていたが、急遽用事ができたのかもしれない、そう思うだけだった。カバンの中から汚れ物を取り出してから二つあるカゴの右側に投げ込む。右は汚れ物、左はおしゃれ着、そうやって分けるのはなんでも一緒にしていて黄瀬の服を汚したり着られなくしたりして何度か喧嘩した、その解決策。ゴミはゴミ箱に入れて、洗い物はキッチンで洗った。家事はどちらかいる方がする決まりになっている。
 そうやって三十分程で片付けを終えてから、テーブルの上に置いていたスマートフォンを操作する。黄瀬からのメッセージは届いていない。余程忙しい用事なのだろうか、車は置いてあったから夜中には帰ってくるなら迎えに行ってやろうか、青峰はそう考えた。黄瀬以外からのメッセージはたくさん届いているが青峰は後で良いか、と適当に考えてみることはしなかった。黄瀬が部屋にいないと構ってくれる相手もいなく手持無沙汰になるので、テレビを点ける。バラエティー、ドラマ、ニュース、何があるだろうかとチャンネルをコロコロと変えていると、ニュースをちらっと映したときに「黄瀬」と聞こえて、青峰は慌ててチャンネルを戻した。

「ただいま入ってきたニュースですが、俳優の黄瀬涼太さんが連絡つかない状態で失踪していることが事務所から発表がありました。事件に巻き込まれた可能性で・・・・」

 青峰はそれを聞いて「はあ?」と声をこぼした。何も聞いていない、何も知らない、何も相談されていない。黄瀬のことが何一つわからない。混乱していると、そばに置いてあったスマートフォンがなる。慌ててとると黒子からの電話だった。

「青峰くん、僕です黒子です。黄瀬くん、急にどうしたんですか?また喧嘩したんですか?それにしても事務所は関係ないですよね、事務所まで連絡つかないってどういうことですか説明してください」

いつもよりも少しだけ口調を荒げて黒子が捲し立ててきた。そういわれても青峰だって今ニュースを見なければ、黒子の電話で初めて知ることになっていたくらいに何も知らないのだ。「俺が聞きてえよ」とだけ返せば「青峰くんが原因ではないんですか?」と返される。青峰に原因も理由もわからない、今日はオフだから朝も家にいた黄瀬に起こして貰い黄瀬が作っていた朝ごはんを一緒に食べて、玄関まで見送ってもらっていってきますのキスをした、いつもの変わらない朝だったはずだ。怒らせた記憶もないし、怒らせることもしていない。それを伝えれば電話越しで黒子も黙った。

「とりあえず、今から黄瀬の行きそうなところは車で回ってみる」
「僕も色々とやってみます。連絡来たら教えてください」
「わかった」

電話を切り、青峰はダメ元で黄瀬にメッセージを送る。「帰ってきてくれ」それだけを送った。
玄関に置いてあるキーボックスからまたさっきの鍵を取り出す。スニーカーを履き、スマートフォンと財布だけを持って家を出た。アパートにしっかりと鍵をしめ、車に乗り込む。車の中でメッセージを確認すればキセキの世代や火神、氷室、高尾などの知り合いからは「黄瀬は大丈夫なのか?」とそんなニュアンスのメッセージが届いていたので、おそらく彼らのところにはいないのだろうと分かった。「大丈夫じゃねーよ、今から探す、何か手がかりあったら教えてくれ」とそのメンバーに送信してから、車を青峰は発進させる。
探すと黒子に言ったけれども行く当てはあるが、きっとそこに黄瀬はいないだろうと青峰はわかっていた。その予想通り、青峰が探した場所に黄瀬の姿は見えない。帝光中にも桐皇学園にも海常高校にも、よく一緒にストバスをしたストリートコートにも、マジバーガーにも、デートに使ったカフェにもレストランも居酒屋もバーも、黄瀬の姿は見当たらない。
どこに行ったのか、何がしたいのか、無事なのか、黄瀬黄瀬きせきせ。うるさい報道陣を押しのけて静かな部屋に戻ってもそれだけが頭の中をぐるりぐるりと回っている。






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都心から少し離れたホテルで、黄瀬は煙草を吐き出した。白い煙が、黄瀬の薄い唇から吐き出され、少しすれば回りの空気と混ざり合って消えてしまう。煙草はまだ一本目だ。普段は身体が資本な青峰と一緒にいるために、黄瀬が煙草を吸うことは滅多にない。黄瀬も歯が汚れるのを気にして例え一人でも吸うことは滅多にない。久々に吸ってみたけれど、胸の靄は消えなかった。黄瀬は灰皿に煙草を押し付けた。燃えていた部分の赤い先端が、押しつぶされて灯りが消えて、灰色の粉となってしまう。吸い殻を灰皿の中に置いて、黄瀬はぼーっと過去を変える。いつもの癖で、考えるときに耳たぶのピアスに触れようとしたが、そこにはあるはずのピアスはなく、黄瀬は下唇を軽く噛んで俯いた。


好きと言ったのはいったいどっちからだったからだろうか。果てしない昔の記憶のような気がする。良くも悪くも淡々と月日は過ぎて行ってしまった。ああ、そうだ、あれは中学二年の冬だったなぁ、お互い顔を真っ赤にしながら好きだって言い合って、けどそれだけだった。
付き合って変わったのは「恋人」と名前が付いただけだ。黄瀬と青峰は、中学生だった、中学生に見えない背丈はあったけれども、中学生だった。付き合うということに対して清らかだった。黄瀬は何人もの女の子と付き合ったことがあるけれども、付き合っているだけでキスからそれ以上に発展することはなかった。青峰も人並みにグラビアアイドルなどに興味を持っていたが、恋人がいたことは無かった。
黄瀬が青峰にとっては初めての恋人だった。何をするにも黄瀬が初めてだったから、どうすればいいのかわからなかった。興味はあったけれども何をするにも踏み切れなくて、けれど名ばかりだといつか黄瀬が愛想を尽かして離れていく気がして恐ろしく、青峰は黄瀬に青いピアスを送ったのだ。それが、青峰と黄瀬を繋ぐものになった。一つは黄瀬の耳に、もう一つは青峰が大切に持ち歩いた。
高校に入って、付き合い始めて2年と少しがたっていた。普通の恋人どうしなら既に手を出している月日が経っていたが、青峰にとって初めての恋人でしかも同性同士だった二人は何もできなかった。そろそろ手を出しても良いだろうか、と思ったが、ふっと考えたが二人でセックスをする姿が青峰に想像できなかった。できることにはできるし、自慰のおかずとして想像はいつもしていた。しかし、いざ手を出そうとするとどうすればいいのか分からない。黄瀬が隣にいることが当たり前になっていて、その関係が壊れるのが恐ろしいのもある。
もやもやとしているときに黄瀬から青峰に言ったのだ。「俺、あんたのこと好きだけどセックスは多分できない。それが無理なら別れて欲しいし、別れたいって言われても仕方ないと思ってるから」黄瀬はアセクシャルなのか自分でもよくわからない気持ちだった。今まで付き合った女の子のことは好きだったが、どうしても性的には見れなかった、見たら吐いてしまう。それは青峰に対しても同じだと、決して嫌いになったとか男同士が嫌だとかそういうことではないのだと青峰に伝えた。
青峰は青峰で、黄瀬に対してどう接すればいいのか分かっていなかったことと、そして黄瀬と別れたい訳でもなかったから、「それでも良い」と黄瀬に伝えた。
性交渉は二人の間で無く、それでも一緒に居たいと思って、ただ二人いた。高校を卒業をして、黄瀬がモデル、青峰がプロ選手になってもそれは変わらなかった。暫く一人暮らしをして、それから同棲をするようになっても二人の関係は変わらない。二人が恋人だとあらわしているのは、時折熱に促されるままにするキスと、黄瀬の耳にあるピアスだった。
付き合っている証であったピアスを、黄瀬は昨日壊した。故意にではない、外そうとしたらポロリと前触れもなく真っ二つに割れて、カランと音を立てて床に転がったのだ。古かったから当たり前かもしれない、中学校の頃にもらったものだから高いものでもないから割れやすい安いものだろう。今までよく割れなかった壊れなかったものだと思う。普通のピアスならば、そこで終わるのだ。けれど終わらない、そのピアスは、だって、俺と青峰っちの、付き合っている、二人の間を示してくれる、あらわしてくれる、唯一の物。

手の中で黄瀬は壊れたピアスを弄ぶ。綺麗に真っ二つに割れている、もちろん小さい欠片もあるが、ほとんど綺麗に割れている。指先でつまんで合わせたり離したりを繰り返す。
今頃青峰っち大騒ぎして探し回ってくれているのかな、テレビとか大変だろうな、いつまでここバレないかな。黄瀬はふふっと笑みをこぼした、けれど口元以外は泣いている。黄瀬は、青峰が好きだ、好きだけれど付き合っているけれどそれを表すものは少なすぎる。その数少ない一つが壊れてしまって、本当に青峰を縛りつけるのが申し訳なくて仕方がない。何も彼に与えられない自分が申し訳なかった。
セックスをしようとしたことは幾度かある、けれど黄瀬はそのたびに吐いた。口から溢れる酸っぱくて苦い物体が、拒絶を表す。嫌じゃないのに、嫌だと心のどこかでは思っているのだと、わかってしまって黄瀬は辛かった。その度に青峰に泣いて謝った、嫌いじゃない愛してるのに、ごめんごめん捨てないで、と。青峰も泣きそうになりながら言った、別に良いから泣くな、と。
思い返し泣きそうになって、たばこの箱から一本取り出して火をつける。白い煙が、煙草の先から少しだけでる。そろそろ彼を解放してあげよう、ピアスはきっとそう言っている気がした。縛るものが無くなったら青峰は、彼は自由になってきっと幸せになれる。そう思いながら、息を吐き出す。また白い煙が空気と同化する。







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 二日ぶりに黄瀬は外に出た。ビジネスホテルをチェックアウトして、息を大きく吐く。人気のない道のベンチに座ってから、これまた一日ぶりにスマートフォンの電源を入れた。メッセージが何通も何通も届いている。だけれども、フォルダを分けてあるから青峰からのものは一目でわかる。「帰ってきてくれ」ただ一通だけ、それ以外には何も書いていないし、それ以外のメッセージは来ていない。帰りたいけれど、帰れない、自分の為でもあり、青峰の為でもあった。

「帰れない」

それだけ書いて送った。すぐに返信がくる。
「どこにいる?どういう意味だ」「別れよう」「無事なのか?」「うん」「良かった。あと、嫌だ。話がしたい」「会えない」「会いたい」「無理」「何が無理なんだ?」「帰れない」
堂々巡りだ。青峰はソファーの上で頭を抱えた。黄瀬が無事だと分かって安堵したのは一瞬だった、会いたくないの一点張りで黄瀬はまともに青峰に返事を返してくれない。ただ、救いなのは「帰りたくない」ではなく「帰れない」、「会いたくない」ではなく「会えない」、と書いてあること。嫌われたわけではないのだと、思いたかった。画面を必死に押す。折角つながったのだから、切りたくはなかった。

「好きだ」

青峰からのメッセージに黄瀬は文字を打つのを止めた。何もできない自分に、何も与えられない自分に、青峰がなぜここまで愛情を与えてくれるのか理解できなかった。ただ、黄瀬はその言葉が一番に好きだった。二人が愛し合っている恋人だと分からせてくれる言葉だったからから。その言葉だけで良かった。
黄瀬は電話の通話ボタンを押した。ワンコールで青峰とつながる。怒鳴られるかと思ったが、青峰は黙ったままで、数秒沈黙が生まれた。「ごめん」と黄瀬から声をかける。「心配した」と短く青峰の言葉が返ってくる。声色は怒気は含まれず、揺れて不安と安堵が入り混じっている。

「あのさ、ピアス・・・壊したんだよ、俺」
「いつもつけて、俺があげた青いやつか?」
「うん・・・なんか、凄い怖くてさ、逃げた」
「別にピアスくらいで怒らねぇよ。大切にしてたのは知ってるし」
「違う。違うんッスよ・・・」

黄瀬はただ淡々と話した。もっと泣いてしまうかと思ったし、支離滅裂になるかと思ったが、二日間をあけて考えていたからか、言葉はすらすらと口から出た。どこか他人後のように、誰かが乗り移ったかのように、黄瀬の口は言葉を紡ぐ。きっと自分が傷つくのを恐れて、自分ではないのだと思いたかったのだろう。そんなことすらも他人事のように黄瀬は思った。

「あんたと俺、付き合って何年経った?12年だよ。その間に俺とあんたは何をした?何もできてない、できてキスだけだよ。そんなの中学生でもできるよ。俺は青峰のことが好きだし愛してる、だけどどう考えてもきっとセックスはできないと思う。現実味がないっていうのかな、想像がつかないし、心が付いてきてくれない。そんな俺の我儘であんたを振り回して人生棒に振ったらだめだよ。付き合ってる証だと思ったピアスまで壊れてさ、青峰と俺の間にはあと何が残るんだろって考えたらさ、何も残ってなくて、それがぞっとして怖くなって逃げた。」

ロボットみたいにプログラムされていたんじゃないかと思うくらいにすらすらと言える。言い切ってしまえば、言いたいことを言ってほかに何を言うことも無いから、青峰からの言葉を黙って待つ。

「黄瀬」

うん。とは黄瀬は言葉には出さなかったが頷いた。

「帰ってきてくれ」

うん。もう一度黄瀬は頷いた。何も言うことが無かった、あれだけ言っても青峰が自分を求めてきていて、拒む理由がほかに黄瀬には思い浮かばなかった。「帰る」それだけをぽそりと小さくつぶやくと黄瀬は通話を終了する。
タクシーに乗り込むと、黄瀬はアパートに向かう。取材陣が入口付近にいて、マイクを付きくけられるが全てを無視して黄瀬は歩いた。チャイムを押す、どきどきと鼓動がしくなる。初めて「ただいま」と言ったときと同じくらいに黄瀬は緊張していた。がちゃりと扉があくと、泣きそうな表情の青峰がそこにはいた。必死に笑顔を作って黄瀬は「ただいま」と言えば、青峰も泣きそうになりながらも笑顔を見せて「おかえり」と言ってくれた。
二度と帰ってくるつもりのなかった部屋なのに、と思うとなんか悲しいとか悔しいとか嬉しいとかごっちゃな感情で黄瀬は笑ってしまった。何も性的なことのない清らかな部屋、恋人二人が住んでいるというのに、これだと部屋だって笑っているかもしれない。

「ベッド行きたい」

そういえば、青峰は黙って黄瀬の隣に並んでついてきた。
黄瀬は重力に身を任せてベッドに転がる。青峰は横に腰かけるだけだった。手を伸ばせば黄瀬がいるのに、触れようとはしなかった。一メートルも距離は無いのに、そこに青峰が、黄瀬が、恋人が、いるのに、とても遠い。胎児が眠るように横になりながら、青峰を視線だけで黄瀬は見た。青峰も黄瀬を見ていて、視線が交差する。

「手、出してくんないの?」
「出して良いのかよ、お前吐くだろ、バカ」
「出して欲しい、吐いても良いからあんたに触れてほしい」

ピアスも何もなくなった俺たちが繋がれるのは「ココロ」と「カラダ」だけだ。「ココロ」なんて見えないから不安だって、だから「カラダ」で愛を確かめるんだろ。だったら、だったらどんななってもいいから、抱かれたい繋がりたい、愛してほしい。
手を伸ばせば、青峰は引き寄せられるように体を寄せ、唇を寄せてくれた。だけど、そこまでで、すぐに黄瀬から身を引いた。なんで?と声に出せば、青峰は、無理をするな、と言って、黄瀬の柔らかい金髪をさわさわと掻き撫でる。黄瀬は気持ちいいのか、目を細めてそれを享受する。

「青峰っちってさぁ」
「なんだ?」
「童貞?」
「そうだよ。お前もだろ?」
「うん。女の子とエッチしたくならない?」
「思わない」
「うっそ」
「マジ。お前以外としたくねぇ。」
「ごめん。」
「責めてないねえよ。」

俺と一生一緒にいたら一生童貞かもよ。
黄瀬がそういえば青峰は笑った。「お前だって一生童貞だろ」そうだね、一生二人で童貞だね。黄瀬はくすくすと笑った。

「セックスなんておまけだよ。愛しあえるからできることだろ、愛し合わなければ意味がないだろ。もう俺たちは愛し合ってるから、しなくてもいいだ。セックスで愛が壊れたら元も子もないだろ。無理にしなくても良いから、お前が傍にいてくれれば良い。ピアスが愛だって言うんなら、毎年一つ黄瀬に贈ってやる。ピアスじゃなくて指輪も贈る。それでも不安になるんなら、俺は隣にいることしかできないけど、それじゃダメか?」
「青峰っちのくせに難しいこと言わないでよ、頭痛くなる」

黄瀬は頭を抱えるふりをする。そんな黄瀬の頭を、青峰はべしっと軽く。痛い、と黄瀬は言うけれど青峰は謝らない。黄瀬だって悪気があってそんなことを言ったわけでも、ふざけてそんなことを言ったわけでもない。そんなこと黄瀬を見ればわかる。頬を真っ赤にして、それを隠そうとしておどけたふりをしているだけなのだ。
好きかと言われたら「好き」で、嫌いかと聞かれたら「はぁ?」と怒る。そんな気持ちでつながっている、それ以外にはほかにない。例えセックスをしていようが、子供がいようが、愛がないところはないのだろうし、逆に言えば愛があれば他の物なんて要らないんじゃないか、俺には青峰大輝がいて、青峰大輝には黄瀬涼太という俺がいれば。
単純にそれだけでいいんじゃん、なんで悩んでいたんだろ「バカみたい」。最後の言葉だけ吐き出せば青峰が「うっせぇ」と言って、頭をまた軽くたたく。あんたに言ったんじゃねぇよ、と言おうと思ったけれども、横目で時計を見れば深夜を回っていて、いつも使わない小難しいことを考えたせいで頭がスパークしていて、色々と安堵したら睡魔が襲ってくる。

「眠い」
「寝ろよ」
「うん」

それだけを言って黄瀬は目を閉じる。青峰がベッドの中に入ってくる、そして後ろから抱きしめるようにしてから身体の動きをとめた。さっきまで遠かった距離が、あっという間にゼロに。ああ、温かい。









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目覚ましなんてかけていないから、目を覚ました時にはすっかり日なんて昇りに昇っている。ベッドのなかで身を何度か動かしてから、ぼんやりと天井を見つめる。白い天井を数秒間見つめてから、意識が覚醒していくのを感じた。隣に青峰はいなかった。枕もと置いてあるスマートフォンで時間を確認したら、11時57分。もうすぐで正午だ。仕事、と思ったが、三日間サボタージュしているので後1日サボったぐらいでは何も変わらないだろう。なんて、社会人としてダメな考えのままベッドから起き上がる。寝間着に着替えていないから、服は上から下まで普段着で上から下まで皺だらけだ。選択してアイロンを掛けないといけないな、と考えながらふぁっと欠伸をしながらリビングに向かう。
リビングに向かえば青峰がソファーに座りながらコーヒーを飲んでいた。黄瀬に気が付くと「おはよ」と言ってくる、そしてテレビを指さした。

「お前、ニュースで引っ張りだこなってんぞ」

青峰の横に座ってからテレビをのぞき込む。失踪、誘拐、発見、なんて難しいことを色々と関連図けてコメンテーターが解説しているのを見て笑ってしまった。ストレスから、親子関係のもつれ、先輩俳優との〜なんて色々解説しているけれど、どれも外れだバーカ、と心の中で黄瀬は毒を吐く。

「コーヒー頂戴」
「新しいの淹れてくる」
「あんたが飲んでるやつでいいよ」

青峰からコーヒーを受け取ってからそれを飲む。少し温くなっているけれど、まだまだ温かい。砂糖少々の微糖を青峰は飲む。
ニュースを見るとまだ揉めている様子から、青峰は「お前、事務所に連絡してねぇだろ」と黄瀬に聞けば「うん、面倒だから」と言って笑った。信用とか良いのかよ、とかいろいろと小言を言おうかと思ったが、青峰は苦笑しながら「なら、調度いいな。あと1週間くらい休め」と言った。
まずピアスを買いに行こう、それから指輪、映画でも見に行って、美味しいものを食べよう。青峰がそう提案すれば、黄瀬は頷いてから「みんなに秘密で行くなんて駆け落ちみたいッスね」といたずらに笑った。
第三者から見れば、おかしな光景だろう。男同士、子供も産めないのに一緒にいて、快楽を求めるセックスもしないなんて。なんのために一緒にいるのだろう、と思うだろう。理由なんて、青峰と黄瀬からしたら「好きだから」しかないから、それを言われたら第三者も黙るしか行かない。
可笑しな話だし、変なことだとも思うし、無意味かもしれないけれど、当事者でる二人が幸せであるので、何も誰も言えない。

「あ、言い忘れたけれど黄瀬。俺、お前とセックスするの諦めたわけじゃねーからな」
「うん、いつか。俺だってしたいから、多分・・・」
「多分、ね・・・ま、いいけれど。いつかな、いつか」
「おじいちゃんなってるかもね」

いいんだよ、それでも。ってか、じじいになってもそれは隣に黄瀬がいるってことだろ、だったらそれはそれで作戦勝ちというか俺たちの勝ちだから。子供がいるとかいないとか、よくわからないけれど、死ぬときの一番大切な人が横にいるってのが一番の幸せだろ。

所々と省略して黄瀬に言えば黄瀬が「クサいセリフッスね」と言ってくすくすと笑って、少し伸びた金髪を弄っていた。邪魔なのか、金髪を耳にかけてから、それから耳たぶを触れた。そこには何もなくて、だけれど明日また別の青が入る。それでも、一番初めの青は特別だった。「けど、やっぱり寂しい」と言って、何も耳たぶを軽く引っ張る。
ごめんね、ピアス。と黄瀬が誤れば、気にすんな、大切にしてくれてありがとな、と青峰は笑った。たった一つの安いピアスが、黄瀬を悩ませるならばいっそのこと無い方が幸せになれるんじゃないかと思ったが、それではそれでダメらしいし、難しいけれどそこも含めて愛おしい。




黄瀬にとって青いピアスは青峰大輝の一部である。愛であり気持ちであり、青峰大輝そのものである。理由なんてない、そこにあるから、というだけである。いつも横にいるのが当然になっている青峰と、いつも自分の耳たぶにぶら下がっているものがピアスである。もしもピアスがなくなったら、というのは、もしも青峰がいなくなったら、というビジョンに似ている。ずっとつけていたピアスが壊れただけでこれなのだから、青峰がいなくなったらどうなってしまうのだろう、と黄瀬は一人考えた。だけれども、ピアスが無くなってみ昨日まで自分から青峰の前から姿を消していたのだからきっと生きてはいけるのだろう。
ピアスが無くなったけれど生きていた、だが実際は外の世界と関係を絶って何もせずにそこにいただけだった。それは生きていると言えるのだろうか。きっと生きているとは言えないんじゃないかと黄瀬は思った。ピアスが無くなっただけで、死んだようになるのに、青峰がいなくなってしまったらどうなるのだろうか、と考えると恐ろしい。考えたくもない、それほどに愛おしいのにセックスができないんて自分の身体が変だと思う。愛されたい、愛したい、けれども、できない。きっとそれもピアスと一緒だ。
そこにいるだけしか、この身体はできないのだ。青峰の、手に取ってくれたひとの耳たぶにぶら下がっているように、そこにいるしかできないのだ。愛なんかじゃなくて、恋なんかでもなくて、もっとそれよりもすごいことなんかじゃないだろうか。そこにいるだけで輝ける、なんて。

「どう、似合う?」
「似合う」

黄瀬は青いピアスを耳につけて、金髪をかきあげて青峰に見せつける。色素の薄い肌の耳たぶに、また青のピアスが戻ってきた。
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