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最近体調がすぐれなかった。なんとなく季節の変わり目だからだろうと思っていたが、少し長い。それで、青峰にも体調が悪いことを気づかれて病院に行けと黄瀬は言われて渋々だが向かった。診断も終わり、待合室で名前を呼ばれるのを待つ。黄瀬としては、風邪もあまりひかないので健康な方であり、寝ていれば治ると思っているので病院まで体が怠いくらいで行くのは気が引けた。何人かいる患者をぼーっと見ながら待ち時間の暇をつぶす。
廊下の方から看護師が出てきて「青峰さん、来てください」と呼ばれた。未だに‘青峰,と呼ばれることに慣れない黄瀬は「は、はい」と呼ばれてから数秒して自分が呼ばれたのだと分かり、慌てて返事をして荷物を持ち廊下の奥の診察室に向かった。
先ほど診察してもらった初老も近い、だが、そこまで老けているようには見えない男性の医者が、なにやら写真やらカルテやらを見ながら診察室で待っていた。女性の看護師に促されて医者の前の椅子に座らされる。医者は黄瀬の方を見ながらにこりと笑うと言った。

「おめでとうございます、妊娠していますよ。7週目です」
「え、妊娠?!」

黄瀬は男性だった。だが、まれに男性同士でも妊娠する可能性がある。それは本当にまれなことで、黄瀬は子供については諦めていた。信じられない医者の言葉に黄瀬は思わず聞き返してしまった。
先ほどの診断の写真を見せてもらった、エコー写真の中心に粒のようなものが映し出されていて。医者はそれを指さしながら「これがお子さんですよ」と説明してくれる。医者が言うには、男性の妊娠は本当に稀なことで、女性の妊娠よりも不安定なものだから安静してください、ということだった。持たされた写真を鞄に仕舞い、黄瀬は医者にお礼を述べて診察室を出た。

青峰はプロバスケットボーラーで、仕事に支障をきたさないように親に言われ二人の関係は隠さなければならないものだった。だから、子供なんてできて産むことなんてできないだろうと思っていた。だけど生みたい、そう青峰にそう黄瀬が言えば青峰は未来を捨ててまで、産んでくれ、と言ってくれた。
それから少し経って、一回り大きくなった黄瀬の腹部を青峰は幸せそうに撫でていた。「男と女どっちだと思う?」そうテンプレートな質問を投げかけてきた。「どっちでも良いけど、多分男だね、元気いっぱいに動いてるし」そう黄瀬は言って笑った。
前回の診察で、医者が次には性別が分かるだろうと言ったのだ。そして、今日はその性別が分かる診察の時だった。
二人でウキウキしながら車に乗り込んで、男かな女かな、なんて何回も言い合った。どっちでも良いけれど、男の子だったらやっぱり青峰似で女の子だったら俺似がいいな、と黄瀬はひっそりと思っていた。青峰も多分同じことを思っているはず。青峰似の女の子もそれはそれで見てみたい。女の子でも男の子でもきっとバスケが上手いだろうな。そんなまだ形も分からない我が子のことを思いながら、診断を受けた。

「ここ、分かります。男の子ですよ」

エコー写真を見せられながらそんな話を二人で聞いた。昔の写真ではもっと小さかった塊が大きくなっていて、成長したんだと分かって安心した。その成長した我が子を見れば、小さくふくらみがあって「あ、男の子だ」と分かった。
黄瀬は男なので母子と言っていいのかわからないが、とりあえず母子ともに健康だと言われ、その日の診察は終わった。撮った写真を持って帰り、家に付くと二人でテーブルで並んでそれを見る。

「男の子だね」
「そーだな、バスケさせるか」
「バスケもいいけど、無理矢理はダメだから。やりたいことさせてやろうよ」

そういって、二人で笑いながら子供のことを話す。
きっと二人とも男だから何もわからないし大変だろうし、子供だって両親がどちらとも男だったらきっといじめられるかもしれないし、その時はちゃんと守ってあげよう、とか、好きな子ができたらどうしようとか。傍から見たらくだらないかもしれないけれど、俺たちは男同士だから簡単に相談できる人もきっと少ないだろうし、子育てだって初めてでどうすればいいのか分からなかったから、心配は尽きない。
子供は6カ月で、最近よくお腹の中を動き回る。それを青峰に言えば、嬉々とした表情で近寄ってきて、跪くと大きな掌を膨らんだ黄瀬の腹部に重ねた。それから暫くすると、腹部で動いたのがわかり「あ、動いた」と黄瀬が言えば「蹴った」と青峰も言って笑った。本当に少しだったが、腹部が震えた。あー生きてる育ってる動いてる、そう思うとなんだか感動して泣いてしまいそうだった。そう素直に言えば、黄瀬も微笑みながら、俺はもう泣いた、と言ってきた。



性別が男の子だと分かったから、やっとベビー用品を買い揃えられる。二人で車に乗って、家から少し遠い街まで遠出した。
平日だからか人は少なくて安心した。黄瀬がよろけないように気を配りながら青峰はゆっくりと歩く。ネットで調べておいたかわいい店に入って、一つ一つ手に取ってみてみる。洋服からベビーカーや哺乳瓶やおもちゃやベッドを見て、あれがいいこれがいいと二人で会議をする。
青峰は黒い物をよく選んでいたが、それじゃあ花が無いと黄瀬に止められて、青色と黄色のものがだんだんと荷物に増えていく。手に持っていた籠もそれにつれて満たされていった。さすが元モデルでファッションデザイナーだったからか、黄瀬の選ぶものはセンスがよく、途中から青峰もまかせっきりの状態になっていた。
籠の中のものをじっと見ていると前の方から黄瀬の声が聞こえた。

「ちゃんと青峰も選べよな!あんたの子供でもあるんだから」
「はいはい、ちょっと待て」

歩けば籠の中で荷物がガチャガチャとぶつかり合う音がした。
黄瀬の方に向かえば、黄瀬が見ていたのはベビーカーだった。「これ、かわいいけどおりたためなくて、こっちは折りたためて便利なんスけどあんまりデザイン好きじゃないんスよ」と二つのベビーカーを見比べながら黄瀬はそう言った。見れば、青色と茶色のベビーカー。「お前、本当に青が好きだな」と言えば黄瀬は笑った。籠の中の荷物にも青色が多い。

「別に、これくらいだったら余裕で持てるし、デザイン好きな方にしろよ」
「けど、散歩のときは良いけど、ご飯食べるためにお店とか入った時通路で邪魔になる気がするんだよなぁ」
「じゃあ、二つ買えば」

そう言えば、黄瀬は不満そうな顔をして「そんな金ねぇよ」と言った。プロをしていたと言ってもマイナーリーグであまり青峰の収入は低くもなかったが高くもなかった、黄瀬もデザイン事務所で働いていると言っても下っ端で収入は少なかった。金が無いわけではないが、多くもなかった。黄瀬がモデルをしていた時の貯金はこれから何があるかわからないからできるだけ使わないで、これからもずっと貯金の予定だ。現在働いている中のお金で買い物をすることに決めていたので、似たようなものを二つも買うという選択肢は黄瀬の中には無かった。
だから、「俺が出すから」と青峰が言った時に驚いてしまった。基本的にお金の管理は黄瀬がしている。青峰にあげているお小遣いはこれまた多いとは言えないのにの、どこにそんな金を持っていたのか。それが顔に出ていたのか青峰は口ごもりながら「賭けバスケで勝った分の金があんだよ」とぼそりと呟いた。

「あんた、勝手にバスケしたのかよ!オーバーワークになって故障に繋がるからやめろって言っただろ!」
「分かってるって。だから、そんな頻繁に言ってないから安心しろって」

声を荒げて黄瀬が言えば、店の店員が不思議そうな顔をして二人を見ていた。基本的に二人で会話する時は日本語だから、店員には何を話しているのか伝わってはいないだろう。頭を軽く下げて謝れば、店員はまたまた元の場所に戻って仕事を始めた。
黄瀬の機嫌は治っていないらしく、だんまりを決め込んでいた。ふー、と溜息を吐くと青峰は黄瀬に後ろから軽く抱きつくと「もうしねぇよ」と言えば「絶対?」と黄瀬が念を押すように聞いてきた。「絶対」と言えば黄瀬は笑って、機嫌を直した。もしかしたら、金が必要になった時にまた行くかもしれないが、それを今言えばまた黄瀬が機嫌を損ねると分かっていたから、青峰は嘘を吐く。これくらいの嘘は許されるはずだ。



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