テキスト | ナノ
珍しく黄瀬から会わないか、と誘った。都市から少し離れた郊外のホテルが待ち合わせ場所、勿論ビジネスホテル。
青峰が来ることをホテル側には伝えていたので、手続きも簡単に終わる。エレベーターに乗って8階のボタンを押した。ゆっくりと上がっていくにつれて、慣れることはない軽い気持ち悪さもすぐに終わった。
801号室のシンプルな黒の扉を青峰はノックした。外を伺うように少し扉が開き、金髪が少し見える。黄瀬は青峰が来たのが分かると扉を大きく開けて向かい入れてくれた。

「案外早かったね」
「そうか?」
「35歳くらいまで出来るかと思ってた」

部屋は少し広いシングル。ベッドがあり、テレビ、椅子が一つというありきたりな部屋。黄瀬はベッドに座り、青峰を椅子に座らせた。
向かい入れた黄瀬が言ったのは来た時間かと思っていたが違ったみたいだ。青峰がアメリカのチームを引退したのは、30歳になった時。脚の筋と筋を痛めた。小さい故障や怪我は度々あったが、今回は復帰は厳しかったので、青峰は潔くプロを引退することに決めた。とは言ってもバスケは趣味で続けるし、コーチの申し出があれば引き受ける予定だ。
「怪我だけなら未だしも歳だからな。もう三十代だ、三十代なんだ黄瀬」青峰は黄瀬を見ながら優しく微笑むとそういった。三十歳、二人が別れたのは高校生でなくなった直後だから十八歳、つまり十二年も青峰は待った。暗に、青峰はそういったのだ。「うん、三十歳だね」黄瀬も青峰のいわんとしたことがわかり、静かに微笑み返した。

「黄瀬、好きだ。付き合って欲しい」
「うん、知ってる。俺も好き」

何年も伝えられた言葉へ何年も言うのを我慢していた言葉を返す。黄瀬の言葉を聞くと、青峰は黄瀬の目を大きな掌で覆った。「何」と黄瀬尋ねれば「今、ヤバい顔してる」と青峰は言った。青峰の顔はほんのりと赤くなり、目が右左へと動いていた。何年も待った言葉を言われて、気分が高揚している。落ち着きを取り戻そうと青峰は一度大きく呼吸した。その呼吸音を聞いたのか、黄瀬はくすくすと笑っている。すっかり黄瀬のペースに流されているのに青峰はイラッとして、勢いでキスをする。だけど、それは優しく触れるだけのキスだった。十二年ぶりにしたキスだった。大きな青峰の掌に覆われた黄瀬の頬が、赤くなり熱くなる。

「好き、ずっと好きだった、別れてからも。ずっとこの日が来るのを待っていた。あんたが手に入る日だ
「…なんで今日なんだよ。引退するまでなんていつかわからないし、まどろっこしいじゃねーかよ」
「あんたの全てが手に入るし、保険と賭け」

ベッドに押し出し手をどける。掌の下から覗いた黄瀬の瞳はまっすぐに青峰を見ていた。黄瀬の手を青峰は自分のそれと絡めるとベッドに縫い付けるように押し付けた。

「あんたは俺の絶対的1番だけど、あんたの絶対的1番は俺じゃなかった」
「そんなの」
「そんなの違うって青峰は言ってくれるって思ってるよ。だけど、バスケはあんたの全てだ。バスケをやめた俺は多分1番にはなれない、一緒にいて支えていたのは桃井さんの方が長いし、バスケの楽しさを取り戻してあげたのは黒子と火神だ。きっと些細なことなんだろうけど、俺はダメな人間だから嫉妬する。それに年をとったら綺麗でいられないから、きっと愛想を尽かされる気がする。そんな不安を抱えないで俺が幸せになれるために、何もなくなった青峰大輝に何もなくなった黄瀬涼太が選んで欲しかった。ただの我儘」

「選んでくれてありがと。」くぐもった声で黄瀬は言った。
ぎゅうと強くお互いに抱きしめあった。懐かしい匂いがする、十年来待ち望んでいた愛しい恋人の香りだった。何もお互いになくなってしまった、残ったのは今腕の中にあるものだけだった。
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