テキスト | ナノ
その日は青峰の家に黄瀬が止まりに行く日だった。だけど、どちらも帰宅するのが遅くなって、どちらが先に風呂に入るかで揉めた。別に、先に入る、という訳ではなく、お互いに「待っている間にお前寝るだろ、先に入れよ」「あんただってそれは一緒じゃん、先に入って良いッスよ」と譲り合ってだ。このままではどっちも風呂に入らなそうだと思い、結局折衷案で一緒に入ることに決まった。風呂に一緒に入ることは初めてでもないから、嫌という訳ではないが矢張り黄瀬は少し恥ずかしがっている。
青峰はカラスの行水で、すでに黄瀬が入浴の準備をしている間に洗い終わったのか、髪も顔も首も濡れたまま浴槽に浸かっていた。青峰のアパートは部屋もだが、バスルームもそれなりに大きい。今を時めくバスケットボールプレーヤー様々だから、それくらいの贅沢は許されるだろう。だから、バスタブは少し狭いが黄瀬も一緒に入ることができる。けど、黄瀬はまず風呂場に入ると、身体をシャワーで洗い流すとシャンプーに手を伸ばした。黄瀬はそれを手に取ると、左右に軽く振った。「切れてる。予備あるッスか?」と黄瀬は聞いた。よく行き来し泊まるから、青峰の風呂場には黄瀬が自宅で使っているシャンプーやボディソープが置かれている。

「予備?ちょっと見てくる」
「悪いッスね」

青峰は風呂場からでると、扉を開けて洗面所で屈みこんだ。そのお湯で揺れている背中を黄瀬は見る。自分とは違う、がっちりとした背中に情事のことを思い出して、少しだけ欲情した。無いわ、わりぃけど俺ので今日は我慢しろ、と洗面所の棚を確認した青峰は罰が悪そうな表情で風呂場に帰ってくると、黄瀬の後ろを通り過ぎる時にそう言ってから頭をぽんぽんと二度優しくたたいてから、また浴槽に戻っていった。
きっと嫌だろう、と青峰は思った。黄瀬はモデル兼俳優で人気の芸能人だ。シャンプーだったり肌に付くものには人一倍気を使っていることは知っている。青峰のそれが安物かと言われれば、それなりに高い物だが、人によって相性とか良し悪しはある。今度からちゃんと予備とか一緒に買いに行くか持ってこさせるか自分で買いに行かなければならない。もしかしたら機嫌を損なわせたかもしれなく、風呂から終わった後が大変だと内心青峰は気が重かった。「別にいいよ、じゃあ借りるから」そう黄瀬は言って、青峰のシャンプーボトルに手を伸ばし、ヘッドを押して中身を手に取ると躊躇なく自分の髪で泡立て始めた。

「良いのかよ?」
「何が?」
「お前、肌に付くもの気を使ってただろ」

そう青峰がいうと、黄瀬はあーっと言ってから、へらりと笑った。良いッスよ、だって青峰っちのじゃん。そういうのは反則だと思う。少しだけ体が熱くなるのを青峰は押し殺した。
黄瀬は青峰の気持ちなど知る由もなく、シャンプーを泡立てていく。黄瀬の金髪が白い泡と混ざり合っていくのを青峰は観察する。優しく髪を洗っていく黄瀬からは、自分の香りがする。黄瀬のシャンプーは柑橘系の甘酸っぱいいい匂いがするが、青峰のそれはミントみたいなスッとした香りだ。「なんか、お前から俺の匂いがするのってやべぇ」とぼやけば、黄瀬の耳にも届いたみたいで「俺もなんか変な感じする」と言って、泡とお湯まみれの金髪を一つまみすると自身の鼻の傍に持ってきて、すん、と香りを嗅いだ。
なに、誘ってんの。そうだったらどうする。そんな会話をしながら、黄瀬は髪の泡をシャワーで洗い落としていく。その仕草とか光景は、素直に綺麗だと青峰でも思う。黄瀬が目を閉じ泡が目に入らないようにしていることをいいことに、青峰は黄瀬の体をまじまじと見た。無駄が無く、白い肌は視界に入ると毒でしかない。昔はもう少しあった筋肉も、モデルに専念しているからか落ちてしまっている。
髪を洗い終わると、黄瀬はリンスをしてからまたシャワーをする。それからボディソープで体を洗う。その姿を、青峰は興味がなさそうにしていたが、たまに黄瀬をちらっと見ていた。その視線に黄瀬は気が付いていたが、何も言わない。やることはやっているし、男だから女には無い物があって有るものが無い、そんなことを気にして見てほしくないと思うようなことを考える暇もないくらいに彼に愛されていることに黄瀬は自信があった。自身を見る青峰の瞳が、欲情しているのにも気が付いている。
全て洗い終わると黄瀬は、青峰のいるバスタブに入ろうとした。向かい合って入ろうかと思ったが、青峰が手招きをしていて前に座れということを察した。抱きかかえられるようにして、バスタブに浸かる。入って暫くだらだらと話していたが、黄瀬を抱きしめていた青峰の手が、黄瀬の体に触れるように動いた。愛撫するようないやらしいものではなくて、ただ触れるだけのものだ。

「どうしたスか?」
「なんか細くなったよなーと思って」
「バスケ辞めたからね、筋肉なくなったかな」

黄瀬は自分の体を、首を少し折り曲げてみた。身体は、バスタブに張ったお湯は二人がわずかに動くだけでも波紋を起こして、はっきりとは見えなかった。確かに、自分じゃ毎日見ていて触れていて少しずつ減っていくものには疎い、それでも体重だって少しずつ減っていったからおそらくそういうことだろう。
青峰の大きな掌は、黄瀬の腹部をゆっくりと往復した。揺れて境界線をはっきり映し出してくれない水面でも、青峰の浅黒い肌が動くのは見て取れた。結局元のように抱きしめる形に青峰の手は落ち着いた。「今の方が良い?」と黄瀬が聞けば、身体のことだと青峰も分かったのか「どっちでもいいな、どっちも黄瀬らしくて」と言って笑った。



色々と肌のことや髪のことを終えて黄瀬がリビングに戻ると、青峰はソファーに座ってテレビを見ていた。髪の毛は表面的な水気は無いが、まだしっとりと濡れていた。ドライヤーなんてしない男だと知っている、それでもそんな男の家にドライヤーがあるのは黄瀬の為だ。黄瀬はそれを手に持って、青峰のもとにいく。コンセントを差し込んで、スイッチを押す。青峰が黄瀬の方向を振り向いた。ドライヤーしてあげるッスね、そう言って黄瀬は青峰の短い髪に触れた。しっとりと濡れている群青色の髪を万遍なく触れながら、同じようにドライヤーも動かした。身体を前倒れにして青峰の顔を見れば、気持ち良いのか目を閉じていた。その様子に黄瀬も嬉しくなり、またドライヤーを動かした。
もともと見えている青峰の耳を、ゆっくりと見る。綺麗な形だった。ドライヤーが終わって黄瀬は「ピアス開けない?」と青峰に提案した。彼の綺麗な耳にはピアスが似合うと思った、2つくらい付けた方がきっと似合うはずだ。折角綺麗なのに穴をあける方がもったいなくしているとも思ったが、そこは黄瀬の独占欲だ。自分と同じ色、黄色のピアスが彼の浅黒く整った形をした耳に付くと考えれば、歓喜にもにた感情がこみ上げる。青峰は自分の耳を弄りながら、似合うか?と尋ねてきた。絶対似合う、黄瀬が言えば「じゃあ、お前が開けろよ」と言った。うん、と黄瀬は頷いてからドライヤーを片づけにバスルームへ戻った。

「昔、青峰っちに開けてもらったピアッサーどこに仕舞った?青峰っちに預けたままだった気がするんスけど」
「クローゼットの下の方じゃなかったか。ピアス無いのに探してどうするんだよ」
「ピアッサーあると思ってピアス買ってのは良いけど、無かったらまた買いに行くことになるじゃん」

そんな会話をしながら二人でしゃがみこんでクローゼットの棚を探していく。収納箱の棚を開けてから探していると、色々と懐かしい物を発見する。それら一つ一つに笑って、ちょっとした思い出を話しながら二人で箱を見ていく。暫くすると、目的だったピアッサーを発見する、こまごまとしたものの中に埋もれていた。
「懐かしいッスね」と黄瀬が手に取って言った。それを使ったのは5年くらい前だ、よく自分でも取っていたな、と感心した。少し埃が付いていて、それを見た黄瀬は「やっぱり新しいの買った方が良いッスよね」といった。青峰は今までの探していた時間はなんだったんだと少し思ったが、たまにはこうやって過ごすのは悪くないと思い返した。昔自分が黄瀬にピアスを開けた時のそれを手に取って、昔の記憶を思い出しながら物思いにふけた。
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