テキスト | ナノ
様々な音楽が流れる店内を、二人で回る。英語ばかりのジャケットには、青峰も黄瀬もすっかりと慣れた。昔、まだ学生だった頃、二人とも勉強はからっきしで英語の曲なんて意味が分からず聞くことは無かったが、アメリカに住むようになってからは英語のものを聞くしかない。もう青峰は3年も住んでいて、話すことも聞くことも難なくこなせる。黄瀬はまだ1年しか住んでいないが、アメリカに来る前から勉強は始めていて日常生活にあまり不自由はない。
流石アメリカというような、派手な色とデザインのジャケットがおススメとして表を向けて置いてある。その一つを青峰は手に取って黄瀬に見せる。「これ、お前が好きだったやつじゃね」と青峰が見せてきたジャケットを黄瀬は手に取る。英語の見聞きはできるようになったが、未だに筆記体やデザインされた英語には黄瀬は少しばかり苦手にしていた。ま、までぃな、と黄瀬が必死に理解しようとしていると、madinaと青峰の綺麗な英語が説明してくれてやっと黄瀬も分かった。

「本場のやつだ!」
「買うか?日本語訳ついてないけど」

青峰はそういって黄瀬の顔を覗き込んだ。
この歌手を黄瀬は中学の時から聞いていた。歌声と歌詞が好きなのだと、そう言っていた。出会いを聞けば、モデルの仕事でぼろすか言われた時に気分を変えようと送って行ってくれているマネージャーの車でラジオを代えてもらった時に流れていたのがこの歌手だと。もちろんその時は英語も分からず日本語訳も持っていなかったが、歌声に惹かれた。それから片っ端からCDを買って黄瀬は聞いている。青峰にも昔おすすめをしたが「英語わかんねぇから」と言われて断られて、それから話題にもあまり上がってこなかった為、まさか青峰が覚えているとは思っていなかった。
俺がこの人好きなの覚えていたんスね、とからかう口調で黄瀬が言えば、青峰は何でもないように「俺も聞いてるし、昔から」とさらりと返した。今ならわかる、青峰だって苦手だった英語は今ではネイティブみたいに見聞きできるから、だけど彼は昔からと言ったのだ。黄瀬が、いつから、と尋ねれば、7年くらい前、とぼそっと言った。7年前というのは、だいたい黄瀬が青峰にそのアーティストを教えたあたり。

「あんた、あん時英語わかんねぇって言って断ったじゃん」
「まあな、けどお前が部屋でかけてんの聞いて、気に入ったからレンタルして借りたんだよ」
「言ったら貸したのに」
「一回断ったからなんつーか言いにくかった」

良い曲だよな、青峰が言ったから、そうッスよね、と黄瀬も笑って返した。結局CDを購入する。お金は二人で聞くから割り勘で半分ずつ。
帰って早速パソコンに入れて聞いてみると、その曲は、ゆっくりとしたバラードだった。もともと、二人が好きだったアーティストはゆっくりとした曲のラブソングが多い。昔はじゃかじゃかと五月蠅い曲ばかり聞いていたけれど、落ち着いた曲も聞くようになったというのは年を取ったということだろうか。
黄瀬はごそごそと青峰の鞄の中から黒のウォークマンを取り出す。操作をしていけば、確かに今流れているアーティストの曲が殆ど入っている。水の入ったグラスを持って帰ってきた青峰は、そんな黄瀬の様子をみて笑った。グラスをテーブルの上に置くと、床に寝そべったまま青峰のウォークマンを弄っている黄瀬の上に跨るように腰かけた。重いッス、と下から黄瀬の抗議が聞こえて、青峰は腰を上げて黄瀬の隣に腰掛けた。
ねぇ、と黄瀬が青峰に呼びかけた。いつ、これ聞いてるんスか、と青峰に聞く。青峰が家でウォークマンなどを弄っている姿を黄瀬は見たことは余りない。だけれど、青峰のウォークマンには多くの曲が名前を並べていた。いつこんなに聞いているのか。

「試合の前に、リラックスするために聞くことが多いな」
「あんたでも緊張するんスね」

試合の前に聞くようになったのは、アメリカに来てからだ。知らない言葉が飛び交い、見たことのない場所で、やっと少し馴染めてきたチームメイト以外は誰も知り合いがいないコートに立つ。緊張しないはずがなかった。初めての緊張を紛らわすかのように、救いを求めたのが鞄に入っていたウォークマン。流れてきた知っている音楽に、少しだけ気持ちが落ち着いた。流れてくる音楽は、一緒に黄瀬との思い出も運んでくる。
意外ッス。そう言ってからからと笑う黄瀬の横っ腹を青峰は、うるせえよ、と言って10本の指を駆使して擽る。ちゃ、止めて、くすぐったいッスよぉ、そう言って黄瀬は身体をくねらせた。ちょっとの間くすぐってから、青峰は黄瀬を解放する。息も絶え絶えで黄瀬は青峰を見たが、瞳は潤んでいて睨んでいるのも迫力が無い。

「今はあんまり緊張しねぇけど、習慣になってさ。よく聞くんだよ、お前が教えてくれたやつの曲」

青峰のその言葉を聞くと黄瀬は嬉しそうに微笑んだ。今流れているのも後で入れるか、と青峰はそう呟いたら、俺のにも入れて、と黄瀬がお願いする。快諾して頷けば、
黄瀬が立ち上がって、パソコンを操作する。どうしたのかと黄瀬を見れば、黄瀬はパソコンに耳を傾けてる。ここの歌詞なんて言ってる、と言って一端音を止める。部屋に一瞬静寂が戻るが、すぐに黄瀬がマウスを一回かちりと押せば、また音が流れてくる。確かに少し早口で、黄瀬には聞き取るのが難しいかもしれない。流れてくる音楽を追いかけるように青峰は口を開いた。「あなたは私中にいる。私は、あなたと生き生きとしる。あなたは、私を自由の身にしたということを知っています、行こう。って感じか」と青峰が言い終わった。それを聞いて黄瀬は、自由ねぇ、と意味深に呟いて、青峰が持ってきて手が付けられていなかったグラスを手に取って水を飲んだ。

「この部屋の中だけだよ、俺達に自由があるのは」
「不満か?」
「全然」

黄瀬はそういってグラスをテーブルに置くと、青峰の元に戻ってきた。この世界は狭い。後ろから聞こえるBGMの声が叫んでいた。この世界は狭いが、その分に幸せがぎゅうぎゅうに詰まっている、広くなくていい、手を伸ばせば愛しい存在がすぐに手に入る。歌詞カードを青峰が見ていた、ずっと放置していて酸化した紙みたいな色とデザイン。カードを見ながら青峰が口ずさむ。「I that she will go out of here someday you knew。Her, because he knows that outside is free than here。Please give me a last kiss before you leave。」低く心地よい青峰の声が流れる曲と重なった。黄瀬がよく覚えられるッスね、と言えば、サビで何回も聞いていたからな、とぼんやりとした様子で青峰は言った。青峰の顔が切なくて、黄瀬は思わず抱きしめた。「I'm going to be here forever」黄瀬が拙い英語で伝えた。流れる曲にはない言葉だった。

「飯にするか」
「そうッスね」

黄瀬は立ち上がって、音楽を止めた。良い曲だった、二人には合わない曲だったが、一人で聞くにはもっと合わない。きっと大人になってもこの曲を聴くだろう。そして笑うのだ、切ない、と。歌の中のストーリーにならなかった喜びを噛み締めて、何年経ってもこの曲を聴こう。黄瀬はそう思って、パソコンから取り出したCDをケースの中に入れた。
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