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プロとデルモ

チームマネージャーに呼ばれて寄っていけば、少し大き目の紙袋を手渡された。茶色の紙袋の中には、様々な色や柄の手紙が無造作に入れられている、俗に言うファンレターというやつだった。青峰は先日、デビュー戦を終えたばかりだ。驚いて「こんなに来るだな」と呟けば、マネージャーの男は「デビュー戦が終わったばかりの選手にこんなにくるなんて俺も初めて見たよ」と言って笑っていた。
青峰はそれを自宅のマンションに持ち帰った。テーブルの上に紙袋から手紙を取り出して、一枚一枚を手に取っていく。花柄などの可愛らしい便箋が多かった、おそらく女性ファンが多いのだろう。これを黄瀬が知ったら嫉妬するだろうか、と思ったが、黄瀬だって昔も今もファンレターをよく貰っている。それに対して青峰は嫉妬という感情を抱いても黄瀬の前ではあまりあらわさないようにしていた。嫌だと言ったら嫌だが、仕事であり仕方のないことで、黄瀬が好きなのは自分なのだという自負があったから。「嫉妬しないッスよね、青峰っちは」と黄瀬は不満そうにしていたことがあったが「バカ言うなよ、嫉妬だってするっての。だけど、黄瀬にキレても仕方ねえだろ」と言えば、黄瀬は笑ったように、そうっすね、青峰っちは優しいッスね、と言っていた。
昔のそんな話を思い出しながら、一枚一枚中身を見ていく。かっこよかったです、次も頑張ってください、ファンになりました。綺麗な文字で書かれていたり、かわいらしい文字で書かれていて、色々な意味で見ていて飽きなかった。手紙を見ていくと、一枚シンプルな淡い黄色の封筒があった。宛先しか書いておらず、送り主のことは封筒から分からなかった。それでも、青峰は送ってきた人物が分かった、その文字には見覚えがあった。

「黄瀬、あいつなにやってんだ」

思わず出てきた溜息を吐きながら、青峰は封筒を開いた。中からは一枚の便箋、封筒と同じ淡い黄色の無地。そこには、黄瀬の文字で試合のことが書かれている。いつも見てます、相手の8番を抜いたときぞくぞくした、やっぱりカッコいって思った、これからも応援している。他の人から送られてきた手紙と似たり寄ったりの内容だったが、黄瀬からというだけで青峰は静かに微笑んだ。
スマートフォンを取り出すと、黄瀬に電話をかける。『お前、手紙読んだんだけど、なにやってんだよ』そう言えば黄瀬は『俺は青峰っちのファンだから、やっぱり気持ち伝えたいなって思ってさ』と言った。機械から、黄瀬の笑い声が聞こえた。黄瀬は青峰のバスケが好きだ、恋人としてもあるが一人のファンとして好きだ。だから手紙を送ったのだと、黄瀬は青峰に話した。
青峰は少し意味が分からなくて髪をがしがしとかいた。感想なら口で言えばいいし、手紙なら自宅に送れば良いのに、と思うが黄瀬はそれでは納得しないのだろう。だから、素直に「手紙ありがとな」と言えば「うん、また送る。けどもう電話しないでいいッスよ」と黄瀬は言った。
言った通りに黄瀬からは試合の度にファンレターが届いた。毎回同じ、無地の淡い黄色だからすぐにわかる。自分からのだと分かってもすぐに読まないで欲しい、ちゃんと出てきた順に読んでほしい、と黄瀬は言った。青峰は意味が分からなかったし、黄瀬が見張っているわけでもないが、言われたとおりに手に取った順番に手紙を開いた。

試合が終わった後、そのまま黄瀬のアパートへ泊りに行くことになった。貰った合鍵で中に入れば、黄瀬は出迎えに来ない。水音とその方向から、シャワーを浴びていることがわかった。勝手知ったる他人の家とやらで、遠慮なく靴を脱いで部屋に上がる。リビングに向かえば、テーブルの上に紙があった。青峰が止まりに行くことを黄瀬は知っていたので伝言のメモだろうかと覗いてみれば、見慣れた黄色の便箋だった。まだ書いている途中なのか、半ぐらいで行が終わっている。あまり見てはダメだと思ってはいるが、どうせ自分のもとに届くものなのだから、と青峰は黄色の便箋に目を走らせた。
「体の調子はどうでしょうか、今日は余り調子がよさそうに見えなくて心配でした。だけど、いつもどおりにシュートを決めていて安心しました。ですが、体調には気を付けてください。もうすぐ決勝ですね。青峰さんならきっと大丈夫だと信じています。」そこで文字は切れていた。
がちゃり、と風呂場の扉があいた音がして黄瀬が濡れた髪で下着と寝間着のズボンだけを穿いてリビングに表れた。青峰の姿を確認すると「青峰っち!」と嬉しそうな顔をして寄ってきた。

「そろそろ着くかなって思って、髪乾かさずに出てきちゃったッス」
「風邪ひくだろ、乾かして来い」
「わかってるって。あ、手紙見てないッスよね」

見てねぇよ、今来た。そう青峰が言えば、黄瀬は安心した表情になって、テーブルの上の便箋を裏返しにした。読まないでね、と言ってから風呂場に消えると、ドライヤーを持って黄瀬はまたリビングに表れる。そんなことしなくても読まねえよ、青峰がそういっても「心配だから」と黄瀬は言って、コンセントにドライヤーのを差し込んだ。それからソファーに座ると、ドライヤーをする。金の髪が温風に煽られて散り散りに宙に舞う。

「なんでこんなめんどくさいことしてんだよ」

隣に腰掛けて、テーブルの上の手紙を青峰は指さした。それで黄瀬には伝わったのか、あー、と言ってから口を開いた。「前も言ったけど、俺はあんたのファンなんスよ。恋人としても、友人としても、ファンとしても、青峰っちの一番になりたい」だからッスよ。黄瀬は悪戯に微笑むと、ドライヤーをソファーの空いたところに置いた。空いた手で黄瀬は青峰の首に回すと、ゆっくりと引き寄せて抱きしめる。恋人としてだけじゃなくて、友人としてもだけれど、ファンとしても青峰大輝の視線を独り占めしたいんだよ。そう言って、黄瀬は笑った。
「じゃあ、俺もキセリョにファンレター出すかな」と青峰が言ったら、黄瀬は「え」と青峰から離れて驚いた表情を見せた。手紙とか似合わない男だ、どんな手紙を書くのだろうか。俺だって黄瀬の一番のファンなりてえし、青峰はそう言って笑った。
青峰からファンレターという手紙がくるのは、お互いのスケジュールで滅多に会えないときだけだった。それでも黄瀬は喜んだ。黄瀬のまねをして、淡い水色の無地の便箋に、短いが青峰の文字でちゃんと書かれた手紙。それを読んで、黄瀬は会えない時間の寂しさを埋める。

『撮影おつかれ様。今度の撮影は長いんだろ、体調崩すなよ。会ったら、どこ行きたいか考えておけ。じゃあ2週間後』

短いけれど、青峰の不器用な愛情が伝わる。
昔の手紙を相手の目の前で読めば、恥ずかしがって奪いにかかってきて、その勢いでじゃれあって、キスをして笑うのだ。「みんなよ」「そっちこそ」そうやってどちらからでもなく笑うのだ。手紙一枚に思い出が多く詰まっている、読み返すたびに記憶とその時の感情が思い出される。手紙とその記憶が、写真には残らないものを残していく。
お互いに返信はしないけれど、それが逆に一方的に送られてくる手紙は無償の愛みたいだと黄瀬は思っていた。重なる手紙が、いつまでも重なっていくことを黄瀬も青峰も願う。


冒頭で語る愛./自慰
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