テキスト | ナノ
あの出来事があってから、黄瀬は青峰からのメールにも電話にも出なかった。マンションに行っても出てこなかったから、青峰がくることを見越してホテルに泊まっているのかもしれない。黄瀬は青峰と徹底的に合わないように、接触を断っていた。
そのくせ黄瀬は何食わぬ顔でテレビに出ているのだ。何が良くて、折角のオフに一人寂しく自宅でテレビを見なければならないのだ。そう考えると青峰は腹立たしい気持ちになるしかない。暇があれば黄瀬に誘われてあちらこちらへと遊びに行っていたのだ、とっくの昔に一人で遊ぶということは忘れている。勝手に人の生活に入ってきていて勝手に出ていくんじゃねえよ、と理不尽な考えを一人青峰はつぶやいた。
黄瀬と連絡が取れなくなっても、青峰の試合を黄瀬はいつも見に来ているのだ。昔、目立たないようにいつも端の方にいるんスよ、と言っていた。それから探してみればいつも同じような場所にいて、黄瀬を見つけるのは試合前の願掛けのようなものになっていた。連絡が取れなくなってからも、黄瀬は何を考えているのか分からないが、同じように端の席にいた。自分に見つけてほしいのか、と思ったが、試合が終わってすぐにメールをしても探しに行っても黄瀬は帰った後だった。
そんな風に、黄瀬を見るだけの生活になって2カ月がたち、青峰ももうすぐ二十歳を迎える。試合が終わった後のインタビューで、そのことを言われてそういえば自分の誕生日だったということを思い出した。青峰の思考は二カ月前の黄瀬の誕生日で止まったままだ。

「誕生日は誰と過ごす予定ですか?」

そうアナウンサーに聞かれて、青峰は悪人のような笑顔を一瞬浮かべるとマイクをアナウンサーの手から受け取った。

「おい、きぃ。来てんの分かってんだからな。俺の誕生日、いつもの店で待ってるから、来なかったらお前があの話とか色々暴露するから。9時集合、一分でも遅刻したら即暴露だからな、ちゃんと来いよ」

それを聞くと会場はざわついた。誰だ、誰だ、そんなことをみんながささやく。アナウンサーがマイクを返されると「その、きぃさんというのはどちらですか?」と興味津々に聞いてくる。青峰は一瞬考えると「多分、これから大切な人になるやつ」と返した。
他意はない。本当に、大切な人になるはずなのだ。黄瀬に会えなかった2カ月間、ずっと黄瀬のことを考えた。それから自分のこと。黄瀬が自分に対して好意を抱いているのには気が付いていた、それなのに黄瀬を気持ち悪いとは思わずずっと自分から傍にいた。きぃ、そう特別呼び方をしようと呼びかけたのは自分からだった。相手が好意を抱いてるのに気が付きながら、ピアスという常に身に着けれるものを手渡した、まるで独占欲を表すように。それ以前に、自分が知らない黄瀬を見るのが嫌だった、すべてを知っていないと嫌だという子供じみた独占欲を青峰は黄瀬に対して持っていた。笑いかければ照れくさく、だけど自分に見せる笑顔に嬉しさを感じていた。そうやって気が付いていたのに、男だからという理由でその気持ちから目を反らし、黄瀬を振り回して傷つけた。
会場はいまだにざわめいていたし、アナウンサーは何かもっと聞き出そうとしたが、青峰は笑って会場から出て行った。それからすぐにチームメイトから囲まれる。

「いつの間に恋人なんかできてたんだよ」
「ちげーよ、これから恋人になるんだよ、断られなければだけどな」
「どっちにしろ、女の気配なんてなかっただろ」
「色々ジジョーってのがあんだよ、キギョーヒミツだ、これ以上は言わねぇ」

青峰はチームメイトにそういってから、スマートフォンを取り出した。宛先には「きぃ」。それを見たチームメイトはまた冷やかすが、青峰は画面を見られないように気を付けながら文字を打ち込む。俺の誕生日、マジバに来いよ、逃げんな。言いたいことがある。それだけを打ち込んだ、メールの返信はなかったが、きっと黄瀬はくるだろうと、青峰は思った。



夜になって人も少なくなったマジバの店内に青峰は入る。あの試合からカメラやパパラッチに追いかけられることが多くなったが、なんとか逃げ切ってこの店に入る。思った通り、店内には人気はない。それでも、いつも座る奥の端の席に向かえば、ほぼ2カ月ぶりにみる黄瀬の姿があった。いつものように黒の帽子と、サングラス。だけれど、今までは付けてなかった青いピアスが片方の耳にある。
青峰の姿を黄瀬は確認すると、こわばった表情で見つめてきた。よお、久しぶり。そう声をかけて青峰は席に座った。

「あれ、なんなんスか。意味わかんないッスよ」
「その話の前に、俺に言うことあるだろ」

そういうと黄瀬は、ごめん、と謝ったが、青峰が欲しかった言葉は違った。「バカ、誕生日なんだから、おめでとうとか言えよ」そういえば、黄瀬は緊張が少し解けたのか、まだ少しぎこちないが微笑みながら「おめでとう」と言った。
青峰はその言葉を聞いて微笑むと、少し深く息を吸った。柄にもなく緊張してる、試合の前の緊張感とは似て非なるものだった。さっそくだけど本題、そう青峰が言えば、また黄瀬は緊張した表情になる。それを見て、申し訳ない気持ちになって、青峰も黄瀬から視線を落とした。今更かもしんねえけど、そう青峰が言えば、うん、と黄瀬は頷いた。

「きぃのこと好きだ。付き合って欲しい」
「・・・あんた、俺に言ったこと覚えてる。ありえないってあんた言ったんスよ、俺それから必死でこの二カ月間あんたのこと忘れようと思って、折角あんたへの気持ち捨てたのに」

黄瀬は噛み締めるように言葉を紡いだ。そりゃそうだ。青峰はそう黄瀬の言葉に内心同意しながら聞いていたが、言った言葉は違った。「忘れようとか捨てようとか言ってるのに、なんで俺の試合毎回見に来てんだよ。それも見つけてほしいみたいに前と同じ席ばっかり」黄瀬はその言葉を聞いて、開きかけた口をまたきつく噤んだ。少し間があって、黄瀬はゆっくりと口を開いた。「だって、試合見たいんだよ、あんたのこと好きなんだからさ」
忘れよう、忘れよう。そう思っている、会いに行ってはダメだと分かっているのに試合を見に行って、青峰からくるメールに返信はしないけれど全部目を通していた。まだ気にかけていてくれている、俺のことを心配してくれている。そう思って、嬉しく思っていた。好きだという気持ちは消えなかった。
青峰は泣きそうに俯いている黄瀬のサングラスを取る。涙に潤む、金色の瞳が見える。

「多分、初めてこうやって目を見たときから好きだったんだと思う」

素直にそう伝える。黄瀬は、瞬きをした。その瞳から静かに一筋の涙が頬を伝うように流れた。好きだよ、お前のこと。黄瀬が何度も言ってくれたように、青峰も何度も言う。黄瀬はただ黙って頷いていた。きぃ、名前を呼んで顔を上げさせる。涙に潤んだ黄瀬の瞳と、青峰の瞳が交わる。「キスしていいか」と尋ねれば、黄瀬は何も言わず静かに瞼を下ろした。




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