テキスト | ナノ
黄瀬と会った次の日、青峰にメールが届いた。次の休みはいつか、そんな内容だった。黄瀬の仕事は不規則だが、仕事が入っていないときは自由だ。反対に青峰は、練習が基本的にほとんど毎日入っているが、休みも規則的だ。大体8時以降は空いていることを送れば、すぐに返信が返ってくる。「じゃあ、明後日の9時に前の店で」と顔文字と絵文字が少し入ったメール。男のくせに、とは少し思ったが、黄瀬らしいと会って一日でメールも一回しかしたことはないのに青峰は思った。
テレビを見ていたら、ちょうど黄瀬が出ているバラエティ番組だった。黄瀬は澄ました顔で席に座り、アナウンサーやMCと会話をしている。笑いながら、忙しくて最近は遊びとか行けてなくて、とかそんな会話をしている。今度出るらしいドラマの宣伝として出ているらしく、ちょいちょいドラマの小話を入れていて、大人びた様子だった。「今、テレビにお前出てる。なんかキャラ作ってんな」そう返せば「あれが素っスよ」というコメントとふざけた顔文字。こんなメールを送ってくる男が、テレビに出ている方が素だという方がおかしいと思うはずだ。「嘘だろ」「本当ッス」そんな言葉と、それからくだらない話を少し長い文章でメールを繰り返す。そうしたらいつの間にか朝になっていて、青峰は驚いた。メールをしていて寝てしまうことは片手で足りるはずだ。黄瀬に謝罪のメールを送ろうとしたが、充電がなくなっていて画面は真っ黒になっている。とりあえず充電器に差し込んで、画面が復活したのを確認すると黄瀬からのメールが表示される。青峰の好きなモデルの話の返信だったが、時間を確認すると練習に参加する時間が近く、慌てて「悪い、寝てた、今から練習。」それだけを打ち込んで送信した。

練習をしていても欠伸が出る。日頃は基本的に早寝早起きの生活だからか身体も怠い。また欠伸を噛み殺す。チームメイトが「動きが悪いな、昨日寝てないのか」と聞いてきたから隠すことでもないので「メールしてたらいつの間にか寝てた。だけど、いつ寝たのか覚えてねえわ」と伝えれば「女でもできたか」と言われた。

「や、女じゃねえよ」
「男か」
「んなわけあるか、俺はおっぱい命だ」

なんてくだらない会話をしてチームメイトとはしたけれど、実際黄瀬とのメールは付き合ってきた女のメールよりも楽しかった。正直女との共通の話題は少ないのは自分でも分かっていることだったし、黄瀬は男だから話題は同じだからつい長々とメールが続いてしまった。あいつも仕事なのに大丈夫だったのだろうか、そう思いながら練習着から着替えて、鞄の中からスマートフォンを取り出せばメールが着ていた。送り主は黄瀬だった。「こっちこそ、遅くまで付き合わせてごめん。またメールして欲しいッス」そう書いてあって、返信ついでに「仕事、お前大丈夫だった?」と送れば「午後からだったから、へーき」と帰ってきて青峰は安心した。

「メールとか苦手なんだけどさ、お前とのメールは楽しいわ」

何気なく送ったメールはいつもよりも返信が遅い。昨日ならば5分以内にメールは帰ってきていて、少しだけいらついた。帰宅してから着替えて一息ついたときにやっとメールが返ってくる。ごめん、ちょっと忙しくて、俺も青峰っちとのメール楽しい。そう書かれていた、それだけで青峰は苛立っていた気持ちは落ち着く。
昨日の今日だというのに、凝りもせずにメールを遅くまで繰り返す。二人が会うまでの二日間、そんな日が続いた。



約束した日、青峰は10分前には店内に入る。先に来ていないだろうと思って、適当な席に座ろうとか思ったが、奥の方の席から「青峰っち」と呼ぶ声が聞こえて青峰は驚く。見れば、前座っていた席に黄瀬が座っていた、前と違うデザインの黒い帽子とサングラスをしていた。駆け足で席に寄っていって、椅子を引いて席に座る。

「早かったッスね」
「お前の方が早かっただろ」
「青峰っちに会うと思ったらね、ついつい早く来てて」

自分でもビックリッスよ。そういって黄瀬は笑った。余程早く来ていたのだろう、テーブルには半分飲み終わっているカップが置いてあった。ウエイターに青峰もコーヒーを注文する。
黄瀬が着たのは30分も前で、黄瀬は自分でも早すぎだと思ったが、自然と足が店先に向いていた。それから今までした青峰とのメールを読み返しながら暇をつぶす。くだらないものから、ちょっと際どい自分たちのいる世界の話まで、話してしまっている。出会ってたったの3日で、会ったのはたった1回だ。全部保存してしまいたいが、それはさすがに気持ち悪いと思いとどまり一つだけ青峰のメールを保存した。「メールとか苦手なんだけどさ、お前とのメールは楽しいわ」少しだけ特別になれたように思えて、読み返すたびに顔がにやける。
ずっとにやにやしながら画面を見つめていたら、待ち合わせ時間の10分前になっていた。まさか、彼が早く来てくれるなんてちっとも思っていなかったから、黄瀬は少し驚いた。恋人との待ち合わせもちゃんと先に来て待っている派なのか、なんて考えても仕方ないことも思って勝手に傷ついた。青峰は黄瀬が着ているとは思ってないらしく、空席に座ろうとしていて、黄瀬は慌てて声をかけた。
座ってきた青峰は笑いながら「お前、俺のこと好きすぎだろ」と言った。

「大好きッスよ、高校のころからずっと」

もちろん、青峰には冗談というかバスケット選手としてという意味でしか受け取ってもらえない。それでも黄瀬は思いを伝える。
くはっと笑いながら「ありがてぇな」と無邪気に笑う。選手として取り上げられることの老い最近ならまだしも、高校の時から好きだと、そう言われて嫌な気はしない。黄瀬は青峰の言葉を聞いて、嬉しそうに微笑み返した。本当に好きなのだと、高校のどことの試合が好きだ、最近ではこの試合に感動した、そんなことを黄瀬が話せば青峰は驚いたようにしていたが「本当に俺のこと好きなんだな」と言ってきたので「だから、ずっとそういってるじゃん」黄瀬は純粋にただそう返して、笑うがやはり気持ちが伝わらなくてもどかしい。伝わってしまったらそれはそれで青峰を困らすだろうから、伝わらなくてもいいのだけれど、少しでも伝われば何かが変わってくれないだろうか、そんな願いから伝わってほしいと思ってしまう。
笑っているが、少しだけ切なげに笑う黄瀬に、青峰は違和感を感じる。なんで悲しませているのか分からないのと、それに対して申し訳ないと思いちゃんと笑ってほしいと思う気持ちだった。

「なんか、俺嫌なこと言ったか?」
「そんなこと言ってないッスよ、どうしたんスか急に」
「お前、なんか泣きそうだからさ、もしかして変なこと言ったかと思って」

黄瀬は青峰の言葉に慌てたように、違うッスよ、そんなことないって、そういって否定すると無理にさらに微笑み、鞄の中から色紙とおもちゃのバスケットボールと最近発売され青峰の記事が載っているバスケ雑誌それからサインペンを取り出して、青峰に手渡した。「前から言っていたサイン、これに書いてほしいんスけど、良いッスか?」と黄瀬は心配そうに言っていたが青峰は快く引き受けて渡されたものにさらさらとペンを走らせる。おもちゃのボールにサインを入れている間に「本当はちゃんとしたボールにサイン欲しかったんスけど、さすがに鞄に入らなくて」と黄瀬は苦笑しながら話してくれた。青峰の掌よりも一回り二回り小さなボールと色紙にサインを入れ終わると、ん、と青峰は黄瀬に渡されたものを返す。ありがとうッス、マジ一生大切にする。そう黄瀬は言って、破顔して大切そうに鞄の中に仕舞った。
黄瀬があまりにも幸せそうに笑うから青峰は照れくさくなり、視線を反らすかのように鞄から自分も雑誌を取り出した。黄瀬が表紙を飾っているもので、雑誌なんて立ち読みばかりで買うことはないから少しだけ恥ずかしかったが、書いてもらうものがほかに浮かばなかったのでレジに並んで購入した。

「雑誌買ってくれてるんスか?」
「たまたまだよ、調子乗んな」

出会って一週間も経ってないのに、昔からの友達みたいに軽口をたたく。黄瀬も、ひどいッス、照れなくても良いのに、なんて笑いながら言ってきた。黄瀬は雑誌を受け取りさらさらと自分の持ってきたサインペンでサインを書いていく、その仕草とか流れが手慣れたものでやはり芸能人なのだと分かって、意味も分からず腹立たしい。思わず、癖でチッと舌打ちをすれば黄瀬がびくっと肩を震わした。それから様子を窺うように青峰を見る、そんな黄瀬に青峰は優越感に浸る。我ながら子供じみた独占欲だとは思う。そこまで思って、青峰はなぜ自分が黄瀬に対してそんな感情を抱いているのかと思い、良く分からないもやついた感情が胸を占める。顔をしかめる青峰に黄瀬はおずおずと雑誌を差し出した。「なんか、俺したッスか」先ほどとは全く逆に黄瀬がそう言ってきて「なんか、黄瀬のくせにとか思った」と素直に言ったが、黄瀬のくせに、なんて出会って一週間もしてないのに思うのは変だとまた思う。自分の感情がうまく理解できなくて青峰はイラつく。

「なんか、ごめん」
「メールとのギャップが凄くて、なんかなんて言えば良いんだろうな」

言葉が出てこずに青峰はうーんっと唸りながら下を向いた。黄瀬はそんな青峰の様子を見て、戸惑いながらも言葉を待ったが、少しして青峰が言ったのは「わかんねえわ」。

「何スか、それ。理不尽じゃないッスか」
「だってよ、メールじゃなんかただの黄瀬って感じなのに、大人みてーな感じで、詐欺だろ」
「詐欺じゃないッス、あれがフツーッスよ。青峰っちの前だとテンパるっていうか、なんかこんな感じになってしまうんス」

黄瀬は慌てたように反論するが、青峰は慌てた黄瀬の様子を見て「お前はそっちの方が良いな」と言われて、黄瀬は言葉を詰まらせた。意味もないだろうけれど、黄瀬にとっては嬉しいものだった。顔が熱くなるのを感じて黄瀬は少しだけ俯いて「ありがと」そう述べる。期待してはダメなのに、期待してしまう。



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