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!)黄瀬くんが男のまま妊娠しています



黄瀬と青峰が共に暮らし始めて一年と半年が過ぎたころだった。青峰にNBAからのオファーがあった、それこそトップ争いをしているチームというわけではないが、常に上位に食い込んでいる中堅チームで悪くはない話だった。青峰にしても願ってもいないチャンスだったので、契約の話を現在所属しているチームマネージャーに相談しながらしている。
練習が終わり、その後の移籍についての相談も終わり、青峰はバイクに乗って帰宅路を急いでいた。帰りが遅くなっていたから、おそらく黄瀬の方が今日は帰りは早いだろう。メールはしていたが、黄瀬は少しなら夕飯を待っていることがあるので早めに帰らなければならないと思うのだ。
思った通りに家には電気がついていた、窓から夜道にほのかに柔らかい光が溢れてコンクリートを照らしていた。鍵を取り出して鍵穴に差し込んで回す、ちゃんと鍵をかけていたらしくガチャリと音がした。黄瀬は昔のオートロックのアパートに住んでいた癖が抜けなくて、たまに鍵を閉め忘れていて青峰をはらはらとさせた。扉を開けて、ただいま、と声をかければ、おかえり、と奥から黄瀬が現れる。おかえりのキスをしてから、黄瀬は青峰の鞄を受け取ろうとした。しかしその伸ばした腕は、青峰によって掴まれる。

「どうした、涼太?」
「ん、何がッスか。何もないッスよ」

黄瀬はそういって笑ってまっすぐ青峰を見ていたが、顔色は少し暗く表情もこわばっていた。こんな顔が見たいんじゃない、こんな顔をさせたいんじゃねえ、こんな顔は苦手だ。経験的に、こういう顔をしているときは青峰に後ろめたいこととか気まずいこととか、嫌なことがあった時だ。力ずくでは逆に怒らせて黙ってしまうことも青峰は長年いたことで知っている。だから、きーせ、そういって腕を引いてから抱きしめる、青峰の腕の中で黄瀬は抵抗したが、ぎゅうっと青峰が抱きしめれば抵抗するのをあきらめたのか大人しく腕を青峰の背に回して抱きしめ返す。
昔を思い出す。こうやったら絆されるのだと青峰にバレテしまったときの思い出だ。一緒に暮らそう、家賃も安くなるし、ね、良いっスよね。そういった黄瀬の言葉に彼はノーを返した。黄瀬はイエスを貰えると思っていた、付き合っているのだ、もっと一緒に居たいはず、そう思っていた。理由を問い返せば「男同士で二人暮らしって不審に思われんだろ、バレたらどーするよ」そういって青峰は笑っていた、その笑顔は苦しそうだったらから、彼もやっぱり一緒に暮らしたいんだってわかったはずなのに、黄瀬は混乱してヒステリックになったのだ。「俺との関係後ろめたいってのかよ、そりゃそうだよな、男だしね。もういいよ、あんたなんか嫌い、ってかどーでもいい。俺ばっか好きみたいで疲れた、もうやだ、もうどーでもいいッスわ。どっか行けよ」そう叫んで、そこらにあったものを投げつけたりしたはずだった。それなのに臆せずにこっちに来て抱きしめてくれて、ああやっぱりカッケーッスわ、好きだな、マジ、とか思ってしまうから自分も末期だ。それくらいに青峰が好きなのに別れることができるはずがない、あんなことば口先だけだ。
「バレたら、親とかお前の事務所にゼッテー別れろって言われるだろ、お前は売れてるモデルかもしんねえけど、俺はまだひよっこのプレーヤーだし、立場ねえんだよ。別れたくねえし、別れさせられたくもねえんだ。もうちょっと俺がスゲー奴になるまで待っててくれ」そんなこと言われたらイエスしか言えないじゃないか。青峰の腕に抱かれてそう思ったのは若かりし頃の思い出。
あの頃はよかった、とは言わないが、昔よりも今の問題は終わりが見えない。彼の重荷になりたくないと言っていたのはどの口か、そう自分を責め、嘲け笑うことしかできなかった。それをこの人は、受け入れてくれ受け止めようとしてくれている、だが怖い。

「怖い」
「何がだ」
「大輝に嫌われるのが」
「ゼッテーそんなこと無いっての、ほら、言ってみろ」

子供をあやす親のように背中をさすってくる、その掌が温かくて大きくて涙が出そうだ。これは俺の夢であり、あんたの夢の足かせになるだろう。青峰には関係ないのだ、自分のエゴだ。だから黄瀬は怖いのだ。一夜で解決することではないのだ、一生付きまとう問題なのだ。だから怖いのだ、黄瀬は青峰の一生を奪うことになりかねないから怖いのだ。彼の一番はバスケだ、そうバスケだ、自分ではないのだ。怖い。
泣きそうで流れそうだった涙を黄瀬は押しとどめる、泣いて解決する問題ではない。泣いたらなば、青峰が簡単に折れてしまうことを黄瀬は知っている。だから泣かない。今必要なのは泣くことではなく、話し合うことなのだ。本当は顔を見て言うべきなのだろうけれど、顔を見たら言えなくなる気がして、黄瀬は青峰の背中に回していた手に力を少しだけ強くして抱きしめた。

「子供ができたんスよ、あんたの子。妊娠して7週目らしいから3か月になるんスかね、男同士で子供できるのって殆ど奇跡らしいッスよ。けどさ、けどさあ、俺達の関係って秘密じゃん。子供は流石に隠しきれないッスよ。あんたがこれから有名なプレーヤーになんのにさ、バレたら今までの頑張りがパーになる。なんでこのタイミングなのかわかんないけど、嬉しいけど何で今なのかなって思ったりするんスけど、けどさ、俺はこの子生みたいんスよ。俺の夢なの、あんたに俺たちの子供抱かせてあげて、あんたの家族と俺の家族で一緒に笑い合ってこのお腹の子を囲むの。エゴッスよ、家族と気まずいからってのもあるし。矛盾してんの分かってる、隠すって言っておきながら子供欲しいとか流石に俺が馬鹿でも矛盾してんのは分かってんだよ。だけどさぁ、あんたがこの子にバスケでもなんでもいいから教えてあげてさ、一緒に遊んでるとこ考えると泣きそうになるくらい幸せで、やっぱりこの子産みたいって思ってる」

どうすればいいと思う。最後の黄瀬の声は掠れていて聞こえにくかった。頑張ってる、黄瀬は自分の気持ちを必死に伝えようとしている。いくら青峰が口下手だからと言って、黙っているわけにはいかなかった。背中をゆっくりと擦って、頭もわしゃわしゃと撫でて、それからもう一度強く抱きしめた。それから、嫌がる黄瀬を少し強引に引き離して向かい合う。ここは玄関だということを思い出した、腹の子供と黄瀬の体に悪いと思いぐいぐいと引っ張ってリビングに連れて行く。
黒のソファーにゆっくりと座らせて、青峰は自分も隣に座った。ぎぃ、っとソファーがきしむ。このソファーは座り心地は良いが、3人で座るには狭すぎるから、新しいものを買わなければ、青峰はそう考えてすっかり先のことまで考えている自分に苦笑した。これからここにもう一人、もしかしたら後二人くらい増えるかもしれない。そんなことを考える。「涼太、俺の子供産んでくれよ。俺のことは気にすんなよ、お前がここに来たとき全部捨ててきただろ、俺だってお前のためにそれくらいできんだよ、バーカ」そういって、黄瀬の腹部に手を置いた。まだぺったんこで、妊娠しているなんて全然わからない、だけど確かにここには自分の子が宿っているのだと思うと愛おしくてたまらない。

「、バ、バスケは?折角NBAに行けるんスよ、あんたの夢じゃん、どーすんだよ?」
「蹴るかな。ちょっと無職になるけど、どっかのチームの監督とかコーチになれるように赤司に頭下げたら大丈夫だろ」
「金とか、そーゆこと言ってんじゃねえよ。夢なんだろ、NBAでバスケすんの?」

昔わな。青峰はそういって黄瀬の腹部を優しく撫でた。その仕草に黄瀬は声を上げずに涙をこぼした。その流れた涙を、青峰は人差し指で掬ったが、あとからあとから綺麗な金色の目から零れてくる。
青峰大輝はバスケが好きだ、ただバスケが好きだった、昔は。では今は、と聞かれれば、ただのバスケでは意味が無い、と答えるだろう。黄瀬が笑っていなければ意味がなかった、黄瀬が笑ってみていてくれれば場所は関係ない。恥ずかしいから青峰は黄瀬には伝えなかったが、出会ったころからそう思っている。中学時代からの、青峰っちカッケーッス、そんな笑顔と応援に背を押されて、結果NBAに行けば黄瀬が喜んでくれるんじゃないかと思ったから目指していたわけであり、そんな黄瀬を捨ててまで行きたいと思う気持ちは昔に捨てた。黄瀬が昔泣きながら一緒についていくと行った時に。

「日本に戻るか、それとも誰も知らない場所に行くか?」
「日本の、みんなに、会いたいッスね。赤司っちには沢山お世話になったし、これからもお世話になるし、頭下げに行かないとダメッスね」

そういって、二人で笑う。腹部を撫でる青峰の手に、黄瀬の手を重ねた。




このひととずうっと一緒にいるためには、恋なんてやめなければならないのだ。憧れはどこから恋になって、どこから愛になるのだろう。もっと油断して、許しあって、傲慢に、ほんのすこしだけ嘲って、かわいいなんて言葉で誤魔化して、いとおしい惰性でもって一生分のおれを甘やかして。/ごめんねママ
もーいーわお前とかちょうどーでもいい、うそやっぱどー考えてもお前がいい/ごめんねママ
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