テキスト | ナノ
高尾と黄瀬




白い薄い陶器のカップを黒い毛糸のコースターの上に置いてから、高尾は口を開いた。「そっかあ、やっぱりついていくことにしたんだ」そういえば、黄瀬は薄く口を歪めて「うん」と言って頷いた。
高尾と親しくなったのは緑間伝いで高校になってからだったが、お互いに明るく気さくな二人は意気投合した。もとより、黄瀬には青峰以外は仲は良くても趣味まで合うような友人は少ない。だからか、よく高尾とは一緒遊びに行くことが多くなった。二人の関係を、卒業と殆ど同時期に話してからも、高尾は前と変わらぬ様子で接してくれて、時には相談にも乗ってくれるようになっている。
いつものように暇な時間を聞き出してから、二人でよくいくカフェで待ち合わせをしたのは、青峰と一緒にアメリカに渡ると決めた一週間後だった。青峰と黄瀬の関係は公で認められるものではなかったため、話をできる人は少ない。いつも相談に乗ってもらっていた高尾にはちゃんと会ってから話をしたかったのだ。
置いてあるコーヒーに再び口を付けてから黄瀬は口を開いた。まだ口内にはコーヒーの苦みが残っている。これを美味しいと思えるようになったのは、いつからだっただろうか。

「あの人、俺を置いていこうとしてたんスよ、信じられねえ」
「あはは、そりゃあ涼ちゃんのこと考えてから青峰さんも言ったからっしょ」
「モデルとか俳優の仕事は好きッスよ、好きッスけど、青峰っちには敵わないってのにさ、もうちょっと俺のこと分かってるかと思ってたッスから、久々に喧嘩した」

黄瀬は少しだけ唇を尖らせて、眉間に皺を薄く作った。不機嫌そうな表情でも、整って見えるから恐ろしい。
笑いながらも高尾はしっかりと黄瀬の話に相槌を打ち、話を聞いていた。そういえばさー、と言えば、何ッスか、と黄瀬は問い返す。「久々に喧嘩したって言ったけど、二人が喧嘩したってあんま聞かないよな。喧嘩ばっかりしてそーなのに」と高尾が言えば、黄瀬は苦笑して笑った。
普段の青峰を知らないならばそう思うのも仕方ないだろうな、と内心に黄瀬は思い出す。あんなに強面だけれど優しくて、家事もして、黄瀬のことが好きで、嫌なことは滅多にしない、お願いだって聞いてくれるのだと、そう説明すれば高尾は目を見開いて、ウッソーマジで、と言うのだ。これは大マジでウソ偽りない真実だ。
「だから、喧嘩とかしたことあんまり無いッスよ」俺が勝手にキレたり拗ねたりすることはたまにあるけれど、そんな言葉は胸にしまってから黄瀬は言った。そうやって黄瀬が機嫌を損ねても、青峰は悪くもないのに謝って黄瀬の機嫌を宥めようとあれやこれやと奔走するのだ。

「信じられねえー」
「実際のあの人見たら惚れるよ。けど奪ったら高尾っちでも許さないッスから」
「奪うとか無理無理、青峰さん涼ちゃん大好きじゃん」

他人の口からそういわれると安心する。よかった、他の人からもそうやって見えているから、自分の思い過ごしではないのだと。
高尾は笑った。二人の関係を高尾は言われる前から薄々は気が付いていた。ただ決定的な証拠は与えられなかった。関係を教えられた後にもその様子が変わらなくて「別に知ってるし気にしないからチューとかすればいいじゃん」と言ったことがあるが「あの人、俺のために我慢してくれてんの、だから俺も我慢するんスよ」とちょっと切なげに憂いを含んだ表情でそういった、そんな黄瀬の目線はしっかりと青峰を見ていた。黄瀬は本当に青峰が好きだと視線が雄弁に語っていた、その視線に気が付いたのか、ただタイミングよく振り返ったのかわからないが青峰は振り返った、その笑顔があの青峰からは想像もできないほどに穏やかで、ああ本当に二人は恋人で愛し合っているのだと分かるのだ。
喧嘩をしたことを見たことない高尾は、もう一つの心配事というか興味のあることを口にした。「浮気とか、大丈夫だった?」と。

「今までは俺が知る限りだったら見たことも聞いたこともないッス」
「心配じゃね?涼ちゃんもモテるけど青峰さんもモテるっしょ」

そう高尾が言うと黄瀬はまた薄く笑った。それは本当に美しくて、青峰が惚れるのも納得だった。
別に良いんスよ。黄瀬はそう言って、またコーヒーを飲んだ。コーヒーを好きになったのは、青峰の家のコーヒーが美味しかったから好きになったことを思い出した。黄瀬の家はインスタントの粉のコーヒーで、忙しい生活で美味しさよりも手軽さを重視していた。ただ、青峰が淹れてくれるコーヒーとか、その雰囲気が好きだったのだ。ゆっくりと部屋を侵食していくコーヒーの香りと、いつの間にかできていた黄瀬専用のマグカップに注がれたコーヒーを青峰が手渡すその動作とか。
少しだけ思い出に浸っていた黄瀬は、高尾の声で現実に戻る。「浮気されても良いってこと?」と心配そうに表情を若干ゆがめている高尾が、視界に入る。良いんスよ、同じセリフを黄瀬は繰り返した。未だに心配そうにしている高尾に黄瀬は説明するように話した。「あの人、俺に気を使って最近全然見てないッスけど、おっぱい星人なんスよ。けどまあ、それでも俺を選んでくれたし、していないって言うなら自分で見てしまうまでは信じようかなぁって思って。」そう黄瀬は言ったけれど、高尾の不安そうな顔は崩れなかった。

「もし、もしだけどさ、浮気現場見ちゃったら?別れる?」
「ぐいぐい聞いてくるッスね。んー、わかんないってのが今の気持ち」

あの人が浮気するとか考えられないし、すると思えないし、しても自分から別れてほしいって言えるかといったらわからないし、別れてほしいって言われてもイエスかノーを答えるかわからないし、そんな様子が想像つかない。そう黄瀬が言えば「プロポーズされた後だからなー、そんなもんなんだろうね」と苦笑して笑った。これからのことで黄瀬は頭がいっぱいなのだ、浮気の心配なんて考えている暇は今は無いし、心配をするのはこれからしなければならないことばかりだ。
「心配って言えば、今は青峰っちの両親とかのほうが気が重い」黄瀬は少し首を垂れた。大丈夫だよ、そう簡単に声をかけることは高尾にはできなかった。未だ同性愛者は偏見があるのだ、二人の周りは気のいい友人ばかりで気にしていなかったが、嫌悪感を抱く者の方が多いのが現実だろう。いいよ、きにしないよ、と言っている人でも、自分の子供がそうだと言ってきたら、態度を変えるだろう。頑張って、青峰さんと一緒に。高尾はそういって、黄瀬を宥めるように笑った。一人で抱え込まないで、二人で支えあっていけば時間はかかるかもしれないが、二人ならば認めてもらえそうな予感がした。

「男同士って、妊娠する確率低いじゃないッスか。もしかしたら孫を抱かせてあげれないんじゃないか、って考えると青峰っちの親御さんに申し訳なくて」
「うん」
「けど、別れるつもりはこれっぽっちも無いんスけどね」

暗い雰囲気を壊すかのように、黄瀬は笑い飛ばした。その健気な様子に高尾は腕を伸ばして、座っていても自分よりも背の高い黄瀬の頭をよしよしと撫でた。昔からどこか脆そうだと思っていたが、バスケを辞めた今はさらに頼りなく見えると高尾は黄瀬を見ていた。それを支えるのは自分ではないことを高尾は知っている、自分にできることは二人の背中をそっと押すくらいだ。「いざとなれば、駆け落ちでもなんでもしちゃえばいいじゃん」そういって黄瀬と同じように笑い飛ばした。その笑顔を見て、黄瀬も緊張がほぐれて、安堵したのか笑った。


next
きっとわけないさ/ごめんねママ


高尾ちゃん友情出演
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -