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黄瀬が青峰とアメリカで暮らし始めたのは、青峰が渡米してから1年後だった。青峰が渡米する前と、渡米してからの1年間、黄瀬は両親と芸能事務所の説得をした。青峰も暇を見つけては帰ってきて両親を説得し、学生時代だって握らなかったシャーペンを持って手紙を書いたり、時間が無いときはメールで両親を説き伏せた。バスケを辞めて芸能活動に専念してきた黄瀬は、最近ではテレビにもでるようになって時にはドラマにさえ出るくらいに有名になっていた。だから事務所は渋り、最後まで説得をしていたが結局は黄瀬の意思を尊重して応援してくれた。
両親には頭を下げて、黄瀬を養子縁組してもらえるように頼んだ。青峰の両親は、黄瀬との関係が公になるのを恐れた。黄瀬のいた芸能界ならまだしもスポーツ界ではいまだにオープンではない。今までバレなかったから、これからも同じようにバレないように外では恋人らしいことはせずに友達のふりをすることを約束し、なんとか養子縁組をしてもらえ、手続きが終わってから黄瀬はアメリカの青峰のところへ向かった。

「ただいまー」
「おー、おかえり」

黄瀬が帰宅すると、青峰がリビングから迎えに来る。荷物とレジ袋を青峰に預けて黄瀬は靴ひもを解いて靴を脱ぐ。顔をあげると青峰がいて、習慣となったキスをした。外ではただの同居人、友人のふりをしているからか、部屋の中に入ると二人は柄にもなく甘えた。家の中には自分たちだけだから恥ずかしがることも人目を気にすることもなく、リビングまでの短い距離を手をつないだ。だけどやっぱり照れくさい。
黄瀬は赤司の紹介で、デザイン会社に入った。雑用が主な仕事だが、楽しく過ごしていた。まだあまり英語は話せないが、もちまえの人懐っこさで会社ではかわいがられている。慣れない英語も慣れてきて、少しずつこの生活にも慣れてきた。仕事的には黄瀬の方が仕事が遅くなることが多く、昔みたいにバイクでたまに会社まで黄瀬を迎えに行くこともあった。
生活は昔みたいに好きなものが買えたりはしないで、無駄遣いはしないようにして、ちゃんと貯金もする。部屋は決して昔黄瀬が住んでいたところみたいにセキュリティーが万全で、防音もしてあって、広いとは言えなかった。狭いくて、鍵は指紋認証とかカードではなく鉄の鍵だし、残念ながら防音までは行き届いていない。だけれど、それなりに外装はおしゃれで、家具は精一杯予算の中から選んでいて気に入っているし、リビングの窓から見える景色も綺麗だった。
そんなリビングに向かえば、すでに料理がテーブルの上に並べてある。オニオングラタンスープ、パン、肉をトマトソースで炒めたもの、サラダ、ワイン。え、と思って黄瀬が青峰を見れば、青峰は冷蔵庫に買ってきた食材を詰め込んでいるところだった。「めっちゃ買ってきたな」ってあんたは言うけど、だってそりゃあ結婚して初めての記念日だから気合い入れて何か作ろうって思ってた。黄瀬がそう思いながらも困惑していれば「記念日だからな」って青峰は笑って頬にキスして「ケーキもある」って言ってきた。
この男はこう見えて家事をする。スキャンダルを防ぐため同棲をしていなかった2年間と黄瀬がくる前の半年間は一人暮らしをしていたから当たり前だが、そういうことは自分がするものだと黄瀬は思っていたから暮らし始めて驚いた。週に3回はキッチンに立ち、掃除も手伝ってくれる、洗濯物を取り込んだりもする。失礼だけれど意外だ。

「そりゃあ、やる時はお前が女の立場だけど、お前だって男じゃん。全部させる訳にはいかねえだろ」

驚いている黄瀬に、青峰はそういって今みたいに笑っていた。
初めて料理を作った時みたいに驚いている黄瀬に青峰は「一年だろ」といった。忘れることなんてない、ずっと欲しかったものが手に入ったからだ。気が付けば隣にいて空気みたいに黄瀬が必要になっていたのだと述べれば、俺もそう思ってた、と黄瀬が笑いかけてきたのはつい最近で遠い昔みたいだった。
少し冷えてるかも知んねえけど、そういって青峰は先に席に座った。テーブルには花までガラスの花瓶に生けられていて、これを青峰が買ったのだと思うとむずむずとしたような嬉しいような感覚になる。
黄瀬も急いで上着を脱いで椅子に座る。いただきます、二人で言ってから食べ始める。お世辞抜きに美味しい、自分のと比べても引けを取らないと思うがいつも青峰は、お前の方がうまいから作るのがたまに恥ずかしいなどと言っていた。

「まさかこんなに豪華なディナーがあったなんて思わなかったッス。買ってきたの無駄になった」
「また明日にでも使えばいいだろ。俺の方が先に帰ってきたんだから、飯作るのは当たり前だ」
「そうだけど、やっぱり嬉しいし照れる」

照れるのは俺じゃねえのフツー、と青峰が言えば「愛されてるんだってダイレクトに伝わってくるからッスよ」と言って黄瀬は微笑んだ。出会ってから7年、いつ見ても黄瀬は綺麗だった。好きだった、愛していた。やっと家族になれてから1年、それだけを噛み締めて生きている。
涼太。名前を青峰は呼んだ。家族になったから下の名前で呼ぼうという話になって一年もたつが、やはり少しだけ恥ずかしい。黄瀬も、何?、と少しだけ小首をかしげて青峰を見た。昔よりも少しだけ伸びた金髪がさらさらと揺れる、それを見てやはり綺麗だと思った。
椅子から立ち上がると、ちょっと待ってろ、そういって青峰は席を立ち小物がまとめて入っている棚から何かを掴んで帰ってきた。青峰の掌は大きいから、何を持っているのかはっきりと見えない。黄瀬の横に立つと、これ受け取って欲しい、そういって掌を開いた。中には濃い藍色の立方体の箱が入っている。黄瀬はそれを瞬時に理解した。「別の指でも良いし、ネックレスとしててもいいからな、とりあえず受け取れ」そういって、箱を開けばシンプルな指輪が3つ入っていた。
表立って恋人と宣言できないから、薬指に付けることはできないかもしれない。それでも受け取ってほしいと青峰は告げた。しかしなぜ3つもあるのか、そう思って箱を受け取ったまま黄瀬が指輪を見ていれば。「3つもつけてたらファッションでしてる指輪だと思うんじゃねえかって思ったんだよ」そう青峰は言って、照れくさいのか顔を反らした。
一つ一つを取り外して、一つ一つを指にはめていく。薬指、中指、人差し指。3つともつけたらやっぱりなんか違和感があって二人で顔を見合わせて笑った。

「毎日、日替わりでつけるよ。俺はもう芸能人じゃないしこっちじゃ無名だから、大丈夫ッスよ」

そういって、黄瀬は3つの指輪が並んだ指を愛おしそうに撫でて「ありがとう」と微笑んだ。少しだけ目が潤んでいたが、やっぱり黄瀬はきれいだった。


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