テキスト | ナノ
※成人(プロとモデル)
※黄瀬の目が見えなくなっています


朝、身体を揺さぶられて青峰は起こされた。重たい瞼を上げれば青峰の瞳には優しく微笑む黄瀬が映る。黄瀬の瞳には青峰が映る、だが黄瀬には青峰が見えてはいなかった。おはよう朝ッスよ、黄瀬はそういってから恐る恐る青峰の方に手を伸ばした、その手は青峰の胸辺りに当たると黄瀬はその手をゆっくりと服の上から青峰の体を探るように動かしてから首を伝い頬を多いそれから自分の方に引き寄せて、触れるだけのおはようのキスをした。それはすっかりとここ一ヶ月で朝の習慣となっていた。
朝起きたら恋人がいて、朝食のいい匂いがしているのが本当だったら良いんだろうけれど、黄瀬は目が見えなくなっているのでそんなことはさせられなく、青峰は黄瀬に「飯作ってくる」と言ってからベットから出た。適当にパンと卵をスクランブルエッグにしたり昨日の残り物を出したりしてテーブルに皿を並べる。それからもう一度青峰は寝室に戻って黄瀬の手を取った。

「飯できた、」
「いつも悪いッスね、ありがと」

へらりと笑ってから、黄瀬は恐る恐るベットから足を下ろして立ち上がると、青峰の手にエスコートされてテーブルの前に誘導される。青峰は椅子を引いてから、ん、と合図を送ると椅子の背もたれ部分を手で触って確認してから黄瀬は腰を下ろした。しっかりと黄瀬が座ったことを確認してから、青峰も向かい側に座る。それからスプーンを黄瀬の手に手渡して、卵の乗った皿をもう片方に握らせて「スクランブルエッグだからな、別にこぼしてもいい」と言って手を離した。これまた恐る恐る黄瀬はスプーンを更に近づけて卵を掬った。食事の時に一番黄瀬は緊張している、だから青峰は気遣わせないように溢しても落としても何も言わない。

「美味しいッス」
「そりゃよかった」

黄瀬はまたへらりと笑った。この笑顔を見るのも一か月。
青峰がNBAにスカウトされアメリカにわたってからしばらくして、黒子から連絡が着た。「黄瀬君の目が見えなくなったみたいで、命に別状はないので暇なときに帰ってきてあげてください」そう言われてその日のうちにいけない自分を青峰は攻めた。ようやく一週間後に黄瀬の病室を訪ねた、もちろん電話はその間に毎日欠かさなかった、メールは目が見えないのでやめた。医師と黒子と黄瀬の話によれば、事故にあったわけでもなく検査をしても脳や視神経などには何も異常はなく、ストレスなどからくる一時的なものではないだろうか、ということだった。

「何も見えないッスけど、青色だけはぼんやりと見えるんスよ」

何でだろうね、と黄瀬は笑ったけれど理由は分かっていた。青は青峰の色だからだ。ぼんやりと青が、真っ黒な世界に浮かぶ。青だけが黄瀬の世界になっていた。
アメリカに黄瀬が着たのも目のせいだった。ストレス的な一時的なものだったら、青峰くんと一緒にいるのが一番だと思うんです、と言った黒子の提案だった。黄瀬は青峰に迷惑がかかると言って嫌がったが、青峰が何とか説得して仕事を一時休業して黄瀬はアメリカの恋人の家に住むことになった。それが一か月前。それから視力が戻るという傾向は見えなかったが、落ち着いたそれから離れ離れになっていた寂しさを埋めるように穏やかな日々を2人はすごした。

「今日は練習ッスよね」
「そうだな、今日も見に来るだろ」
「勿論」

ほとんどの時間を一緒に過ごした。ご飯が終わると青峰は皿を洗い、もう一度黄瀬をベッドに腰掛けると、着たい服を黄瀬に尋ねた。「白いシャツと黒いパンツとジャケットと帽子が良いッス」と黄瀬が言った服を青峰はクローゼットから取り出した。黄瀬の服が其処にはすでに我が物顔で占領していたが、青峰は全然気にせずにむしろそれが嬉しくさえ感じていた。
服を黄瀬に手渡す。服を着るくらいならば、選ぶことはできなくとも、手探りで着ることができる。できるだけ青峰の手をかりないように自分でできることはするように黄瀬は心がけていた。ゆっくりと手探りで服を探りながら服を着ていく。青峰もその隣で自分の私服に着替えた。
手を引いて家を出て、車に乗せて、練習場に黄瀬を連れて行く。すでにチームメイトとも黄瀬は親しくなっていて、元から黄瀬のことは恋人だと写真などで教えていたので拒まれることなく、むしろ今までずっといたような口ぶりで声をかけてくる。

「よう、キセ。今日も来たのか、見えないから退屈じゃねえの?」
「そんなことないッスよ、青峰っちの音は見えなくても分かるし」
「朝から熱いな」
「黄瀬、ほらここベンチ。話してても良いけど俺着替えるから座って待ってろ」

そう言われて黄瀬はゆっくりと腰を下ろした。繋いでいた手が離されて少しだけ心細くなる。
見えなくても青峰のドリブルの音は分かる。何回と数えられなく無限と思えるほどにその音を中学の時から追いかけては聞いていたからだ。練習の始まったドリブルの音を聞きながら黄瀬は目を閉じた。チームメイトの声の中から青峰の声が聞こえるたびにそれらしき方向を向いて目を開くが、やっぱり真っ黒な世界だった。それでも青峰の髪の色なのか動く青がぼんやりと認識出来て、それだけでホッと黄瀬は安心する。

家に帰ってから飯を黄瀬に食べさせて風呂に入る、黄瀬も一緒にだ。目が見えていたころは恥ずかしがって一緒に入ったことは少なかったが、目が見えない今では危なくて嫌だと黄瀬も拒むことはできずに一緒に入る。そこそこ広いはずの浴槽だが平均190以上の男二人ではさすがに狭いが、動けないことはない。黄瀬の体をたわむれに触れば、辞めろよ、と嫌がる口調だが顔は笑っていて口調も明るい。風呂から上がると、なだれ込むようにベッドに二人で転がり込む。セックスは最近では正常位、向かい合う形がほとんどだ。見えないのに、とまた誰かが笑おうとも黄瀬は見えないからこそ青峰を視覚以外で知ろうと手を伸ばして抱き寄せ触れ恋人の存在を確認した。

「いつも、ごめん」
「別に何も悪ぃことしてねえだろ。むしろ、一緒に入れてラッキーって感じじゃね」

ピロートークというには余り色気の無い雰囲気。黄瀬はいつも起きて一回、こうやって寝る前に一回、最低限2回は謝る癖ができていた。確かに大変なこともあるが、一緒に居られる利点を数えたら、そんな小さなことは目をつむれる。そう青峰は思っていた。
手で黄瀬の髪に触れ、頬に触れ、それから目のあたり、瞼を愛おしそうに優しそうに青峰は触れてから、早く見えるようになるといいな、と言ってその触れた場所に優しく触れるだけのキスを贈る。
こそばゆいのか目を細め、黄瀬は身を軽くよじったが青峰の言葉を聞いて動くことを辞めて固まった。それから、唇を少しずつ開いた。

「見えなくなった理由、何となく分かってるんスよ。だから、治りそうで治らないッス」
「なんだよ、原因言えよ」
「あのさ、」

そうやって黄瀬は口を開いた。
アメリカに行って青峰と離れてから、黄瀬は青峰のいない生活にうまく適応できなかった。二十歳でアメリカにわたる前、日本のプロリーグで活躍している二年間は黄瀬と一緒に同棲、一緒に暮らしていた。一緒にいるのが当たり前で、離れたくなくて、わがままっも言えずに一緒についていくこともできずに、ただ見送って。それからたまに帰ってきたり自分がアメリカに行ったりしてまた離れて、電話もメールもするけれど、ちゃんと本物の青峰と会える時間は短かった。多分、本物の青峰っち以外を見たくなかったんス。黄瀬はそういった。テレビとか雑誌とか見ると会いたくて会いたくて辛くなってしまう、だったらいっそ何も見えなくなればしまえばいいのにって思ったことがあるッスよ。と言って、また苦笑して言葉を続けた。「結局、見えなくなったけど青峰っちの色の青だけは見えちゃうんスから中途半端で俺もダメッスね」そういって、青峰の髪に優しく触れた。

「黄瀬」
「うん、本当に我儘言ってんの分かってるって、聞き流してくんないッスか」
「黄瀬」
「ごめん、俺重みいっすよね。ごめん、ほんと」
「聞けよ、黄瀬」

ぎゅうっと青峰は黄瀬を抱きしめた。それから慌てる黄瀬をなだめるように背中をさすった。傍にいてやれなくて悪かったな、そう言ってまた強く抱きしめた。こっちに来いってお前仕事あるし簡単に言えなかったわ、言えたら良かった。そうやって青峰はつぶやいた。キレーなもん見て一緒に笑ってさ、キレーに盛り付けられた飯食って笑ってさ、お前ともっといろんなことしてえ。だから、早く目が見えるようになれ。そういう思いを黄瀬に青峰は伝えた。

「青峰っち、泣いてる?」
「泣いてねえよ、アホ」
「じゃあ怒ってる?」
「んなわけあるか」
「じゃあ、どんな顔してる?」
「自分じゃ分かんねえよ、怒ってる顔とか泣いてる顔とか」

顔見たい。黄瀬は小さくつぶやいた。
こんなに近くにいるのに、どんなことを思っているのか恋人のことが分からない。人の感情は複雑で、言葉では簡単に表せない。だから表情や仕草で感じるのに、それが分からないもどかしさに、思わず黄瀬はつぶやいていた。赤裸々に語ってしまった自分の言葉に、青峰は何を思ったのか。口下手な彼が必死に言葉を言って、どんな風に照れているのか。知りたい、見たい、そう思わずにはいられなかった。

「青峰っち、今の表情かわいいッスね」

目が見えた。
この表情は自分しか見ることができないものなのだ、とそう思う。彼がいない世界なんて見えなくなればいいなんてなんてバカで幼稚なことを昔の自分は思っていたんだ。


ぼくにしか見えない/ごめんねママ
長かった
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -