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緑間が病気になっています



缶コーヒーとお汁粉を持って高尾は病室の扉を開けた。部屋の中は何ら変わりない、ベットには緑間がいて、回りには少しの本が置いてある。緑間はその一冊を読んでいて、高尾がきたことに足音か何かで気づいていたのか既に扉の方に顔を向けていた。真ちゃんはいお汁粉、高尾はベットに近寄ってからそういってお汁粉を緑間に手渡した。受け取って緑間は、ぬるくなっているのだよ、と文句を口にした。

「勘弁してよ、冷たいお汁粉売ってる自販機って少なくて病院から遠いんだって」

そう高尾は弁解しながら自分は缶コーヒーのプルを開けて、口を付けた。苦味は口に広がるが、それを美味しいと思うようになったのは最近だった。緑間も、お汁粉の缶を開けてから口を付けたが、やはりどこか腑に落ちてはいない様子だった。できるだけ緑間の願いをかなえたくて、バイクを制限ギリギリまで飛ばしてきたけれどそれでもダメだったみたいだ。不満そうな緑間の顔を見ながら高尾はまたコーヒーを飲んだ。

「今日は何読んでんの?」
「戦争論だ、もうすぐ読み終わるからまた買ってこい」
「別にそれくらいい良いけどさ、たまには外に行こうよ」

出来るだけ明るい声で高尾は言ったけれど、緑間は眉間にしわを深く作った。「それは俺が死ぬから、最後にどこか行きたいところを聞いてこいと言われたのか?」と怒気を孕んだ強い口調で高尾を睨みつけながら緑間は言った。何回目かの応答だった。
緑間の病気について高尾は何も知らない。難しい感じと、長くカタカナが序列してる難しい病気だということしかしらない。医者から説明をされようとしたがそれも断って、ネットで調べたり医学書を読むことはしなかった。それをしたら緑間の体に良いことが書いてあったかもしれないけれど、どれほど重い病気なのかを知ることが恐ろしかった。ただ、緑間の命が短いということだけは医者から言われて知っていた。

「違うって。病室にこもっていると治るものも治らないよ。太陽を浴びて、外の空気吸って、好きな場所に行けば気持ちも明るくなるだろ。病は気からって言うしさ、楽しい気持ちになるのは大事だって」
「病気が治ってから行けばいいだけの話だ」
「じゃあさ、食べたいものは?俺が行けるとこなら買ってくるからさ」
「わからない奴だな、病気が治ってから一緒に食べに行けばいいだけの話だと言っているのだよ」

先ほどよりか落ち着いた口調で諭すように言うと、緑間は読書を再開した。首を少し下に傾け、視線を本に落とした。手持無沙汰に高尾は、ベットに腰掛けた。黙々と黙って読書をする緑間の姿を、目に焼き付けた。少し痩せてしまったけれど傍から見たら普通に健康そうだ、それでも時折咳き込んだり寝込んだりしていてやっぱり病なんだと思い返す。元気に部活をしていた時はわがままばかり言っていたのに、今はそれはなくベッドで活字と過ごしているだけだ。なんだか、物足りない。

「高尾」

何を思ったのか、緑間が名前を呼んだ。「お汁粉が無くなったのだよ、また買ってこい」そういって、また読書を再開しはじめる。冷たいお汁粉が売っているところは最初にも言っていたが少なくて遠い。それでも高尾は「わかった」と言ってベットから立ち上がる。やわらかくしっかりとしたベットは少し撓っただけでスプリングの音なんてしない。
「真ちゃんの言うことは何でもかなえてあげたいんだけどな」ぼやきながら高尾は自転車を漕いだ。来た道を逆に、時間をさかのぼるみたいに辿っていく。何でもかなえてあげたい、と思うのは矢張り心の奥底で自分が緑間が死んでしまうのではないだろうか、と思っているからだろうか、死ぬ前に思い出を作りたいなんていうエゴイズムでしかなかったんだろうか。自分では思っていなかっただけで思っていたのではないだろうか、自転車を漕ぐ間にそんなことが頭に浮かんでしまう。

「違えよ、真ちゃん。好きな奴を幸せにしたいだけなんだって」

やっとたどり着いた自販機いお金を入れながら、さっきまで考えていた結論を高尾は口に出す。その言葉の宛先は、緑間だったが高尾自身に言い聞かせているようにも思えた。言葉と一緒に、小銭が2つ落ちるちゃりんちゃりんというどこか心地いい音がする。ピッ、と慣れた手つきで冷たいお汁粉のボタンを高尾は押した、すぐにがこんっと缶が落ちた音がした。
屈みこんで缶を出口から取ろうとしたときに、携帯が鳴った。画面に表示された名前は緑間のお袋さん。ほかに何か欲しいものでも緑間が言ったのだろうか、そんな軽い気持ちで高尾は通話ボタンを押した。

「真太郎が・・・息をっ」

泣いていて震えている緑間の母の声に、高尾は緑間が息を引き取ったことを悟った。手にした缶の冷たさがじんわりと掌に伝わっていたが、それも間もなく感じなくなった。自慢だった目には、ぼやけた世界しか映っていない。


優しさの痛み/自慰



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