テキスト | ナノ
透明なガラスを挟んで向こう側は、自分たちでは行けない領域で、とても澄んでいて美しかった。数えることができないほどの魚が自由に、水の中を動き回る姿に、緑間は息をのんで見つめた。
ガラスに手をついて、顔をよりガラスに近づけた。一匹の魚が緑間の目の前をゆっくりとしなやかに泳いで去っていく。名前も知らない黄色を身にまとう魚に、綺麗だ、と緑間の口から思わず本音が零れ落ちた。それは隣にいた高尾の耳にも届いていたらしく「カタカシって言うらしいぜ、あの魚」と言って、通り過ぎて行った魚の群れを指さして説明を口にした。

「知っていたのか」
「いや、俺もさっきあの説明のプレートで見て覚えてた」

先ほど通ってきた道の方を高尾は指さす、魚の写真と説明が書いてあるプレートが壁などに嵌められている。緑間も通ってきたがあまり意識してはいなく流し読みをした程度だった。覚えていることが意外だというように緑間の表情は少し驚いていたが、すぐに幼い子供をほめるような優しい笑みを小さく見せた。俺もあの魚綺麗だと思ってたから覚えてたんだよ、と高尾は褒めてもらったことが嬉しいということを隠すことなく嬉しそうに笑う。
美意識というには大げさすぎるが、綺麗だ、という物を見る価値観が同じなのは不思議と満たされる気分だった。大体の人もほとんどの物を綺麗だと、自分と同じように感じるのだろうけれども、それでも緑間が綺麗だと賛美するものはより一層綺麗に高尾の目に映る気がした。

「海って、あんまり行かねえよな、東京って陸ばっかだし」
「合宿で行った海が最後に見た海なのだよ」
「けど、あん時は海しか見えなかったんだよな、泳ぎたかったわ」

あの海の底には、こんなにも綺麗な世界が広がっていたことを知らなかった。直接取って触ってみたいな、と率直に思ったことを高尾は言った。遠目で見るだけでこんなにきれいだから、手に取れば宝石のように美しいに違いない、そんな考えを持ったいる。緑間は少し溜息を吐いて「魚は手で触ると温かすぎて死ぬのだよ」と呆れ気味にそういった。分かってるって、と軽口を叩くと、まだ疑っている緑間の目が高尾の目にも入る。

「知ってるって、そんな俺バカじゃねぇよ」
「どうだかな」

そういうと、緑間の目は高尾の目から出て行った。その目は、自分とは異なる色をしていて魚のように神秘的な深い緑だ。もっと見たい、さっき魚に触れたいと思ったようにただ単純にそう高尾は思う。真ちゃん、と名前を呼べばゆっくりとその目が自分を向いた。「あの、さ、魚、綺麗だね」特に言いたいことがあるわけでもなかったからか、高尾の口から出る言葉はぎこちない。

「話し方が変だぞ、高尾」
「あ、うん、わりぃ。特に言いたいことが思い浮かばなかった」

そうか、とだけ言うと要件は済んだとばかりに緑間はまた水槽の方を見つめた。確かに、魚はきれいだった。珊瑚礁の間から出てきては隠れて、追われたり追ったり、自由に動いている。それなのに、どこか窮屈そうにも思える。原因を考えたら、ここが水族館だからだろう。
あの魚綺麗じゃね、そう言って高尾が指さした魚は薄い緑色の小さな魚。

「だけど、真ちゃんの方が綺麗だよ」
「一言多いのだよ」

高尾を一瞥して、魚の行く後を目で追った。サンゴや海藻の中に、あっという間に隠れてしまう。その短い時間はとても美しく映る。だけれど自由に泳げる魚とは違う、あの魚も海へ出たらもっと美しく泳ぐのではないだろうか。不思議と魚を自分に重ね合わせて緑間は魚を見送った。



この夜を寂しいと思わないで
title by ごめんねママ
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遅くなった高尾誕テキスト
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