テキスト | ナノ
※黒桃・青黄前提
※恋愛要素よりも友情的な要素が多いです
※黒子が50代で桃井に先立たれています


アンティークな木製のドアを手で押して店の中に入れば、甘いケーキなどの菓子類の匂いとそれとは対照的な苦いコーヒーの匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐった。正反対の性質の匂いなのに、不思議と違和感なく溶け合っている。店内にはちらほらと人影が見られ、会話も聞こえてきた。
黄瀬は慣れた手つきでケーキとコーヒーを注文して受け取ると、外が見えるガラス張りの壁の方へ歩いて行って席について時計を確認する。約束の時間よりか10分早かった、黄瀬が待っている相手は恋人ではない。勿論青峰とも来るがそれは水曜日で、今日は金曜日。水曜日とは別の意味で、金曜日にこの店に来ることが楽しみになった。

「お待たせしてしまいましたね」

声をかけられてやっと待ち人の存在に黄瀬は気づいた。暇つぶしに弄っていた携帯をしまう。「黒子っち!」と明るい黄瀬の声が店内に少し響いた。待ち人であった黒子はそんな黄瀬の様子に微笑を浮かべながらテーブルにコーヒーの入ったグラスだけを置いて、向かいの席に腰掛ける。
二人が出会ったのは二か月ほど前だ。いつも来る青峰にドタキャンをされて、一人でコーヒーを飲んでいる時に黒子が声をかけた。「今日は彼は来ないのですか?」と言われて、黄瀬はその時ようやう黒子の存在に気が付いた。不審に思って曖昧に笑みを浮かべて、そうッス、とだけ答えれば「一緒に飲んでも良いですか?」と黒子は聞いてきた。見知らぬ人に声をかけられただけではなく相席まで申し込まれて黄瀬は戸惑ったけれど、黒子は落ち着いた雰囲気で害はないだろうと思って承諾した。

「すいません、急に驚かれたでしょう」
「はぁ、まぁ」
「たまに君たち二人のことを見かけていたんですよ」

何でか黄瀬が尋ねる前に黒子が言葉を続けた。「君は僕の亡くなった妻に似ていましてね、一人なのを見てつい声をかけてしまいました」そういう黒子の黄瀬を見る目は、懐かしむような温かさを含んでいた。コーヒーを飲みながらに話を聞き出していけば、数年前に先立った奥さんに自分がそっくりなのだということだった。「顔は全然似てませんよ、顔の似ていることは綺麗だということぐらいですかね」と黒子は静かに笑ってそういうとコーヒーを啜った。くるくると変わる表情や、明るい声と話し方、自分のことを幸せそうに呼ぶところ、細かくあげればもっと似ているところはあるだろう。雰囲気が似ている黄瀬と一緒だからだろうか、コーヒーがいつもに増して美味しく感じる。
浮世離れとまでは言わないにしても、どこか不思議な雰囲気を纏う黒子に黄瀬は興味を抱き、話しているうちに打ち解けた。帰り際に黒子が言った「時間が合えば、僕は金曜のこの時間帯にも来ていますのでまた話し相手になってもらえませんか」というお願いに、黄瀬は頷いてから、そうやって二か月。今日みたいに金曜日に二人はあっている。

「今日は彼女の命日なんです」
「そうなんスか」
「とは言っても、あまり僕も実感はないんですよね」

黒子は苦笑してからコーヒーをすすった。桃井が亡くなったのは突然だった。年を取ったらよくある突発的な病で、倒れてからすぐに治療をする暇もなく亡くなった。苦しい時間が短かったのがせめてもの彼女の救いだった、弱っていく彼女の姿を見ることがなかったから黒子にとっても救いだった、勿論一命を取り留めたのならば彼女の命が長くあることを願いどんなことでもしただろう。しかし、「あまりにも突然亡くなったから、死んだというよりは消えたみたいに感じているんです」と黒子はそう言った。
黄瀬は昔のおとぎ話を読み聞かせるようにいう黒子の話に、静かに耳を傾けていた。顔も知らないが、黒子が奥さんのことを大切にしていたことは聞かされる話を聞いていればひしひしと伝わった。

「いつ人が死ぬかなんてわかないっすから」
「そうですよ、だから君も彼を毎日大切にしてあげてください」

そういう黒子の口調と視線は、子供を見守る親のようなものだと黄瀬は感じていた。さて今日は墓参りがあるので少し早めに帰らせてもらいます、と言って黒子は席を立つ。その時に一瞬だけそらされた黒子に瞳が、不安定に揺れている。悲しくないはずがないよな、黄瀬は黒子の目を見てそう悟った。また金曜日に、そういう黒子の目は黄瀬を見ていない、これはいつものことだった。親のように見守る視線でありながらも、黒子は決して黄瀬のことを見たことはない。黄瀬のすべてを彼女に置き換えては面影を拾い集めている。
黒子はどこか儚げで消えてしまいそうな雰囲気を纏っている、と黄瀬は感じていた。それが今日はとても濃い。黄瀬は直観する、彼はここにはもう来ないだろうと。しかし、ただ黙って「さよならッス」っと笑顔を向けることしか黄瀬にはできない。


透明な眼でぼくをみて
title by ごめんねママ
リクエスト:匿名さん
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -