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※20代でプロと俳優


煩いテレビの音にまぎれて、携帯のコール音が耳に入った。急いで携帯を手に取り、意味もなく見ていたテレビの電源を落とす。腹の立つ記事を解説していたキャスターの声が途中で切れて、清々した気持ちになりながら青峰は画面に触れて通話を開始した。無機質な塊からは、思ったよりも生気が感じられる声で「青峰っち」と自分の名前を呼ぶ黄瀬の声がした。たった二日会えてなく、たった二日声が聞けなかっただけなのに、酷く懐かしいような思いに浸る。

「大丈夫か」
「やっと電話だったら良いって、許可貰えた」
「繋がんなかったから心配した、もう電話もできないかと」

思った以上に自分の方が声色に余裕がなかったことに青峰は気が付く。電話を握りしめ、押し出すような声だ。だが、そんな余裕のない声を晒すことを今は何とも思わない。黄瀬、と青峰は名前を呼んだ。遠く離れたところで、黄瀬はその声を聴いて、青峰っち、とだけ返した。色々言いたいことを会えない時間に考えていたはずだったのに、いざとなったら二人とも声に出せなかった。「泣いてるかと思ってた」と青峰が和ませようと冗談のような口ぶりでそういった。「泣きすぎて、逆に今ではなんか自分のことじゃないみたいに感じてる」と黄瀬はどこか他人のことを話すように話した。テレビの中の自分は自分じゃない、あの青峰も青峰ではないと思うことで、救われたかったのだ。
「ごめんね」と唐突に弱弱しい黄瀬の声が耳元に届いた。消え入るようなか細い声に、青峰は頭が痛くなる。「謝るな、謝ったら負けだ、俺達は悪いことなんか何一つしてねえよ」そう言っても黄瀬は、また同じ言葉を繰り返した。

「青峰っち、凄い人なのに俺なんかのせいで、ごめん」
「うっせぇよ、黙れよ。謝んな、お前は悪くない」

言葉では表現できなかった。黄瀬は怒鳴るような青峰の言葉に、身体を一瞬硬直させた。怒らせている、と理解できていたがそれでも謝らずにはいられなかった。こんなにも迷惑をかけさせている、自分と付き合っていたせいで。そう思うだけで罪悪感に蝕まれる。
部屋の隅っこにいたが、さらに体を縮こまられた。世界中が自分達を否定した。慣れているはずのカメラのフラッシュが恐ろしく、どこにいても刺すような目で見られ、ゴシップ誌にあることないこと書かれ、黄瀬はどこにもいたくなかった。

「お前が好きだ、別れるとか言ったら殺す」
「うん、うん、俺も」

だけど、この人と別れるという選択肢は頭の中に浮かばなかった。二日間泣き枯らしたと思っていた涙が、また出てきそうになる。こんな状況になっても、まだ自分を見捨てないでいてくれる青峰に、黄瀬は携帯ではなくて直接その言葉を言ってほしかった。安心したかった。
「会いたい、キスしたい、抱いてほしい、好きってもっと言ってほしい」黄瀬は呪文のように、願いを並べるようにつぶやいた。一緒にいたい、という彼を縛ってしまう言葉は最後に噛み砕いて腹の中に流し込む。その声色は先ほどよりも心なしか明るく、普段文句を青峰に言っているような声に似ている。電話の向こうで青峰は頷いて、全部叶えてやるよ、と言って笑った。「全部かなえてやるから、俺の言うことも一つだけ叶えてくれよな」と青峰も提案をする。

「何ッスか?」
「今度会見があんだけど、お前との関係をちゃんと恋人だと言わせてくれ」

どうせ否定してもマスコミは面白がって二人の後を追い回し、噂話も尾鰭がついて拡がって、完璧に二人の関係を違うと思う人間は本当に一握りだ。だったらいっそ、肯定した方が楽だ。ずっとともにいて支えてくれた恋人という存在を友人という言葉で偽ることなんてできないというのも本音。
それに、と青峰は言葉を付け足した。「皆知ってんだから、お前は簡単には俺と別れられねえだろ。堂々と外でキスも手をつなぐことだってできる。今までできなかったことしてやる、だから、傍に居ろよ」内蔵されたスピーカーから聞こえる彼の声は、はっきりとそういっていた。
自分が噛み砕いて流し込んだ言葉を、青峰は何事でもないように易々と言ってしまう。暫くしてから、電話の向こうから震える黄瀬の声で、反則だろ、という明るい声が聞こえた。お前なしでは生きられねぇ、いつもなら言えないような恥ずかしい言葉がさらさらと口からあふれてくる。青峰は少しだけ今の状況に感謝する、きっと何もなければこんな言葉を伝えることもなく不安にさせて別れることがあったかもしれない。俺も、と言って黄瀬は電話を握りしめた。




知ったことかという話/ごめんねママ
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