森の中で2 | ナノ


…騎士は嫌いだ。術士も好きではないが、10年の月日であの頃の怒りはほとんど覚えていない。忘れるって大切な脳の機能だと思う、と現実逃避をしてみるが、現状は変わらない。
騎士たちはライルがぶつぶつと文句を言っているのを横目で見ながら、目の前で今日の夕食とばかりに美味しそうな(と言っても、森の中だから木の実や野菜、それに獣肉しかないが)食事をしている。
腹が減ったのは俺も同じだ。だが、腐れ騎士ども(とこれからは言うようにする)は俺の手首を後ろで縛り、まるで俺が何かやってしまった犯人のような扱いをした。
そして、俺には食事も与えず…何たる虐待。せめて肩で眠る刹那にチーズを与えてくれ、と願う。鞄の中にあるから出してくれてもいい。
だが、刹那はまだ起きない。おそらく、先程魔物から守るための結界を張ったことから、ただでさえない魔力を使ってしまったのだろう。
10センチの姿は、16歳の少年ではなく子どもになっていた。
今更ながら森ルートを選んだことを後悔した。騎士に捕まったのもそうだが、結果として刹那を頼らざるを得ない状況に陥り、それを見越して森に来てしまったことに落胆する。
要するに、力(というより、刹那)を過信したのだ。必要以上に頼るのは自分にとっても相手にとっても危険だというのに、甘い考えが捨てきれなかった。
ライルは溜息を吐く。刹那は今眠っている。自分でどうにかするしかない。
力がなくても、何とかここから抜け出して本部に行かなければならなかった。


「騎士さん方…さっさと離してくれませんかねー。俺を捕えていても、魔物が襲ってくるぐらいしかないけど」
「お前は魔物の餌の役目だ。後は俺たちが退治する。それまでの辛抱だな」
「退治?さっきはびびって何も出来なかったくせに偉そうに…」


わざと聞こえる大きさで言うと、騎士のひとりが逆上した。


「んだと!?」
「そうだろ?お前らだけじゃ不安、超不安。動けないからせめてお前らの隊長を近くに置いとけ」
「貴様は…!」


残りの二人も怒らせたらしく、でかい図体で凄んでくる。
するとそれまで周りの様子を見に行っていた隊長が、タイミングよく帰ってきた。


「…どうした?」
「いえ。何でもありません」
「そうか」
「隊長さん、いたいけな一般人を縛るなんて騎士の風上にも置けないと思うけど」


つまりはさっさと解放しろと言っているのだが、騎士を纏める隊長は苦笑を浮かべただけだった。


「君は一般人ではないだろう?ニールの弟君」
「!!……知ってたのか」
「私は騎士になる以前彼と組んでいたことがあってね。その時に君のことを聞いたことがある」


胡散臭い奴だとライルは思った。
ごつい騎士たちを纏める隊長は、騎士にしては小柄な部類に入ると思う。
何より日に当たって輝く金髪は、童話の王子のようだと思った。今は夜で日は出ていないし、そもそも興味はないが。


「確かに、兄さんは魔術士だからな。だが、俺は違う」
「逃げたんだろう?」
「……お前に何が分かる?」
「何も分からないさ。ただ、私は逃げる選択肢があってもそれを選ばない人が好きだ」
「…安心しろ。俺はあんたらのことが嫌いだ」


遠回しに気に喰わないというところか。
嫌いならば話が早い。気を使わなくて済む。
しかし、この状態では抜け出せそうにもなかった。
どうしようか…と考えていると、隊長の男は鼻で笑った。


「そこから抜け出したいならば、召喚獣を使ったらどうだ?」
「…刹那は寝ている」
「随分無能な召喚獣だな。主と似てか?」


傍の騎士が馬鹿にするように言い放った。
自分のことを言われるのはいい。慣れているし、いちいち相手をするのも面倒である。だが刹那を悪く言うのは赦せなかった。
相手にするのは疲れるので結局無視したが、こんな人を馬鹿にするしか能のない筋肉だけの男たちとさっさとおさらばしたいと強く思った。
そんなやり取りをしていると刹那が唸る。


「ん…五月蠅いな」
「起きたのか?」
「主の機嫌の悪い声を聞いていればな」


欠伸と伸びをした刹那が、ふとライルが捕らわれている状態を見て、首を傾げる。


「…俺が眠っている間に何かやったのか?」
「やってねーよ」


何となく信用されていない気がして、ライルは眉根を寄せた。
刹那は聞いてみただけらしく、一人納得するとライルの肩から下りて本来の子どもの大きさになった。
隊長はぴくりと眉を上げただけだったが、騎士たちは戸惑いと嫌悪の感情を表す。
刹那は特に気にした様子もなく、隊長と呼ばれた男を見つめた。


「仮にも隊長なら、部下をきちんと統率したらどうだ?」
「貴様…!我々の侮蔑だけでなく隊長までも…!」


侮蔑をしたのはライルの方だが、騎士たちは二人まとめて言っているのだろう。
騎士が刹那を殴りかかろうとしたところ、振り向いた刹那は感情のない表情を浮かべていた。
子どもの無表情に一瞬騎士がたじろぐ。
しかし振りおろそうとした拳に力を入れようとすると、何故か動かなかった。


「な…!?」
「主は寛大な心の持ち主のようだが、俺は違う。あまり好きではないが、力は力でもって制することも出来る」
「貴様…!!」
「動くな」


刹那の鋭い声に、騎士たちは背筋を伸ばして動けなくなる。
隊長はそんな刹那の様子をじっと見ていた。
彼の視線に気づき、刹那は身体を元に戻して向きあった。


「主を解放しろ。でなければ見せしめにこいつらを殺す」
「物騒な召喚獣だ」


取りあうつもりもない、といった隊長の態度に刹那は右手を見せた。


「お前に選択肢などない。何なら、あんたの目の前で一人ずつ殺していこうか」
「ひっ…!!」
「やめろ、刹那!」


ライルは刹那に制止するよう叫んだ。
刹那が驚いたようにこちらを見る。
軽く舌を打つと刹那は言葉の縛りを解いて騎士たちを解放した。
騎士の隊長は軽く口笛を吹いた。


「いいのかい?」
「主の命令は絶対だ」
「なるほど…面白いな」


隊長はくすりと笑い、ライルの手首を縛っていた縄をナイフで切った。
痺れた手首を元の状態に戻すために数回手を振り、すぐさま刹那に駆け寄る。


「大丈夫か?」
「それは俺の科白だろう。捕まっていたのは主だ」
「そうだけど…違う。また魔力を使ったんだろ。子どもの身体の時は魔力がほとんどないって言ってたのに…俺のせいだな」


刹那はまた驚いた様子で、ライルにされるがままに頭を撫でられていた。
二人の様子を見て、隊長は声を上げて笑う。


「はははっ、君たちは何だか家族みたいだな」
「…うるせーよ。部下にやらせて自分はただ見物している奴に何も言われたくない」
「他人には手厳しいな」


ライルの睨みにも片眉を上げただけで特に取りあうつもりはないらしい。
隊長は笑った顔を崩さずに、東の方角を差した。


「このまま東に行けば森を抜けられる」
「…どういうつもりだ?」
「詫びだよ。君ではなくて、彼への」


刹那の手を取り、隊長はその小さな手の甲へと口づけた。
ライルは言葉にならない悲鳴を上げ、刹那は厭そうな顔をして手を離させる。
側にいた騎士たちには何が起こっているのかよく分からないようだった。


「済まなかったな。だが、いいこともあった。私は君に心奪われたようだ、刹那」
「気易く触るな。名前も呼ぶな」
「ほう?お高くとまったお姫様だ。ますます欲しくなった」


ライルは刹那と隊長とのやり取りに、だんだんと嫌気がさしてきた。
どう見ても刹那は姫ではない。女でもない。ついでに人間でもないが。
つまりは、ガチホモなのだろう。
そんなことで差別はしないが、嫌がっている刹那を見てさすがに止めるべきかと刹那の前に出た。


「俺ら急いでるんで、そこまでにしてくれ」
「どこに向かっているんだ?」
「どこだって関係な…」
「ニールのところだ」


(何で素直に知らない奴に言っちゃうのかな…向こうは兄さんのことは知っているようだけど)

ライルが溜息を吐くと、刹那は首を傾げる。


「どうした?」
「何でもない…さっさと行くぞ」
「待ちたまえ。ニールに逢うなら、森を抜けて西の方向にまっすぐ行ったところの…遺跡にいる」
「は…?」
「彼は今遺跡の調査に行っている。暫く滞在すると言っていたから、君たちがそこに向かった方が早いだろう?」


隊長は地図を取り出し、遺跡のところにマークをした。
本部とは逆の方向だが、この男が真実を言っているならば入れ違いになるだろう。
ライルは刹那に頷いてみせた。


「じゃあここを目指そう…一応礼は言っとくぜ」
「素直じゃないと思ったが…私は君みたいなのもタイプかもしれないな」
「なくて結構。行くぞ」


変人に構っている時間はないので、ライルは刹那と手を繋いで森の出口まで向かった。
二人の後ろ姿が見えなくなった頃、隊長は紙の端に走り書きをする。
その後指笛を吹き白い梟(ふくろう)を呼んだ。


「…ニールにこれを」


先程書いた紙の端を梟の足に括りつけ、飛ばした。


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騎士隊長はグラハムさんでした。


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