足止め編1 | ナノ




船から下りた後、治安等を知る目的で情報を仕入れるために港町で一泊することにした。
刹那も急いでいるわけではないらしく、特に文句を口にしたりしなかった。
だが、宿を取り部屋に着くなり、いきなり魔術を使えと言われた。

(俺に魔術って…何かしたか?)


「…何でだ?」
「魔力の高い者は魔物に狙われやすい。主がきちんと魔術を扱えるかどうか、確かめる」
「今まで狙われたことなんてなかったけど?」
「俺が船で眠っていたお前の魔力の扉を開けた。今までは故意に隠されていたようだが、これからは狙われる」


(扉を開けた…?ああ、あの時のことか。…凄く気になるが故意って何だ?)

以前船の魔物を撃退する際に魔力の奪われていた刹那が、俺からあろうことか奪った。そのおかげで今生きているのだが、男にキスされたのは初めてだったので若干凹んだ。
今は犬に噛まれた程度にしか思っていないが。何せ肩に乗っているペットみたいなものだ。


「げー、面倒だな」
「とにかく、術に関する知識はあるのか?炎玉でも実践してみろ」
「実践も一応あるけど、上手くいくかねー」


10年も前に行った実技の試験を思い出しながら、ライルは精神を安定させて赤い炎をイメージする。
キャンプファイアーで焼き芋やって怒られたっけ…とそんなことを考えながら力を放出させたせいか、部屋中が真っ赤に燃え上がる。力が暴走した。
慌ててその部屋から逃げたが、真っ黒に焦げた部屋を宿のじーさんに隠し通せる筈もなく、部屋代を請求されるかわりに一カ月死ぬ気でバイトをさせられる羽目になった。






「部屋で魔術を使わせた、俺が悪かった」
「そう言われると、俺の不甲斐なさが際立つんだけど…?」


宿でのバイトは給仕が主だった。部屋ひとつ駄目にしたのに給仕だけやれば赦してくれるなんて、じーさんすげえ優しいぞ。顔は怖いけど。かなり運が良かった。
刹那は働く気などないらしく、肩の上に座っているだけだった。宿の人たちに本来の姿を見せていないので、刹那にも働けとは言わなかった。
おかげで一人苦労させられているわけだが、どう考えても俺が悪いので何も言わなかった。
それに、幻獣を働かせるなど出来る筈がない。動物虐待…のような、そんな罪悪感に苛まれる。
ふと顔を上げるとじーさんに睨まれたため、考え事で中断していた皿洗いを始める。水や泡が飛ぶから、刹那を後ろの台の上に移動させた。
運ばれた刹那は最初はおとなしくしていたが、暫くすると退屈なのか台からジャンプして、俺の着ているじーさんの娘さんに借りたエプロンの紐に絡まった。

(おいおい、なに邪魔してくれてるんだ?)

それに契約する時は、人間が嫌いだからと言って渋っていただろうとライルは心の中で毒づいた。


「…邪魔をするなら、部屋に戻ってろよ」
「暇だ」
「暇だって言われてもな…」


まさか刹那を働かせるわけにもいかない。
普段見ている刹那の姿は人間で言う16歳らしいのだが(と、本人が言っていた)、正直な話周りで見てきた16歳よりも大分下に見える。
そんな奴を働かせたら…先程考えていたように絶対に罪悪感が芽生える。
だから、おとなしく待っていろとしか言えない。
刹那は紐をよじ登っていたが、突然自分から離して床に転がった。
幻獣は人間よりも頑丈なため少し高いところから落ちてもなんともないが、ライルはペットのように思っているので、慌てた勢いで皿を落とし割ってしまう。
じーさんが今度は般若のような顔でこちらを見ていた。気付いていてなおかつかなり怖かったが、それどころではない。


「刹那、大丈夫か!?頭打ってたり…」
「平気だ。少し出掛けてくる」
「は?おい…」


刹那はライルの制止の声も聞かず、16歳の少年の姿に戻る。
そのまま外に出ていってしまい、ライルは気紛れな召喚獣に溜息を吐いた。
じーさんを始め、客が一部始終を見ていてどういうことか、と目で訴えている。
それを説明するのは面倒だな、とどこか他人事のように思っていた。








刹那は世話になっている宿を出て、街の外れにある森の近くまで来た。
辺りは暗く、昼でも近寄る人間はあまりいないらしい。
それでも、術士の本部に行くためにはここを通るか回り道をしていかなければならない、とライルが言っていた。
そんな森近くに現れた男に、随分と律儀なものだと鼻で笑いたくなった。


「ティエリア…下手な呼び出しをするぐらいなら、直接来い」
「……ふん」


中性的な美人、とライルなら言うだろうか。
少なく見積もっても100年は顔を突き合わせているため見慣れてしまって感覚は鈍っていたが、刹那にとっても目の前に現れた不機嫌な男は美しいと思った。
それと同時に、やはり来たのかという落胆もする。


「人間ばかりのところに行けるか」


ティエリアは秀麗な顔を心底厭そうに歪める。
刹那は知っているとだけ心の中で返事をし、自分の思ったことを述べた。


「なかなか楽しいが?封印された時はさすがに頭にきたが、廃墟と言っても街をひとつ潰したし無理もない。人間は支配されることを嫌う。特に力を持つものは怖いのだろう」
「それで、少しでも優位に立ちたいがために僕たちを使役すると?冗談ではない」
「それも俺たちにとっては一瞬だ」


人間の寿命は短い。
それに比べて、刹那のような幻獣はかなり長い部類に入る。刹那は今200を超えたが、人間で言えば20歳そこらである。
しかし、目の前の同類は一瞬であっても誰かに…特に人間に縛られるのがいやらしく、顔を顰めたままだった。


「君がそんな風に言うとは……封印されて、少しは僕の気持ちが分かると思っていたのに」
「契約した人間が面白いからな」


実際には自分より弱いのに、身体を張って助けようとするライル。
ペットのように感じているらしいが、悪くないと思った。
ふっと笑う刹那に、ティエリアは更に眉根を寄せる。


「…すぐに戻ってくるんだろう?」
「その予定だったが、ライルが了承するならあいつの召喚獣でいようと思う」
「何…!?」


刹那の返答が予想外のものだったらしく、目を見開いて抗議をする。


「あの人間に誑かされたか…!!」
「誑かされてない。…少し気になることもあるしな」


刹那が先程出てきた宿の方を見て、独り言のように呟く。
ティエリアは納得いかないと態度にも言葉にも表わしていたが、今まで一緒にいた分刹那に何を言っても駄目だと分かっているのか小さく嘆息した。


「今は諦めよう。だが、刹那。僕は反対だ…それだけは覚えておくといい」
「…あいつに手を出すなよ」
「僕はそういう回りくどいやり方は好きではないから、また時期を見て迎えに来る。しかし、君に帰ってきてもらいたいと思っているのは僕だけではない」
「肝に銘じておく」


ティエリアは無表情のまま、幻界へと帰っていった。
刹那はティエリアのいた場所をじっと見つめる。

(…帰ってきてもらいたい…?)

ティエリアはよく分からないが、他の幻獣たちがそう思う筈もない。
実際に疎まれているのは知っているのだから。

(ああ、そうか…)

彼らは、あの続きをしたいだけだ。

刹那の機嫌は、ティエリアと逢ったことで急降下していった。


****
刹那とライルがブレブレです。


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