船旅編2 | ナノ




刹那が船乗りをからかう…もとい脅した後(正確には力も使わずただ凄んだだけなのだが)、船長までもを恐怖のどん底に突き落とした刹那は、鬱憤を晴らしたいい顔で帰ってきた。どうやら海の魔物より怖かったらしい。
兄さんに逢わせたら(兄さんが)死ぬかもしれないな…と思いつつ、止めようとは思わない。
薄情な弟である自覚はあった。


「すぐに船を出してくれるらしい。人間は優しいな」
「…お前の力だろ」
「そうでもない。さて、」


少年の姿からまたマスコットサイズになった刹那は、よじ登るようにして俺の肩に乗った。
既に定位置にしたのだろうか。
ずり落ちそうになるのを反対の手で助けてやり、きちんと肩に乗せた。
何だか厄介なことになった気がする。刹那と契約した時にはもっと遠く離れた関係になるものだと思っていたのだが。


「船の奴らを無事に大陸まで届けろよ」
「それが主の願いならば」


不敵に微笑んだ刹那を、肩に乗っているせいで見落としていた。





船の中はとても静かだった。
てっきり死に行くようなものだから、もっと騒いでいるのかと思えば、どうやら脅してきた刹那の力を信じることにしたらしい。
そうしていないと恐怖心で潰されるかもしれないからだろう、ライルは捻くれた目線で船乗りたちを見ていた。


「悪いことしたよな」
「何故だ?大丈夫だ、皆無事に済む」
「その自信がどっから来るのか…」


賭けに乗ったのは確かなので刹那を信じる他ないが、ライルは疑念を隠していなかった。
刹那は特に気にすることもなくライルの肩に座り、小さく切ったチーズを頬張っている。
なんかハムスターみたいだな…と思いつつ、世話を焼いてしまう。


「まあ、たくさん食べて頑張れよ」
「任せておけ」


チーズが気に入ったのか、それしか食べていないのを見かねてライルは他の野菜もナイフで小さく切って渡す。
本当にペットの飼い主になったようだ。
魔物が出る場所に着くまでには二日ぐらいかかるということなので、この船旅を楽しもうと思った。
楽しむにしても、船に乗っているのは男しかいない。乗客は俺たちだけだし、後は船乗りとコック等だけであった。
結局刹那とじゃれあうしかやることのないライルは、ただで宛がわれた部屋でのんびり過ごしていた。
そう言えば、刹那は幻獣の中でどれぐらいの位置づけなのだろうか。強いのか。
その時が夜であり、更に10センチ刹那は眠っていたので、今度聞けばいいかと思いライルも寝た。
その二時間後に、「魔物だー!!」という叫び声によって起こされた。
だが、肝心の撃退すると豪語した奴の起きる気配がない。


「……刹那、出番だぞ」
「…あと三時間待ってくれと魔物に言ってくれ」
「出来るわけねーだろ。その前にこの船沈むぞ」


問答無用で10センチ刹那を掴み、デッキまで連れていくことにした。
魔物が暴れているのか船がかなり揺れて歩きにくい。
刹那はされるがままだったのでライルは驚いたが、どうやらうつらうつらしているからだった。
まるで緊張感がない…と思いながら、脅えた船乗りたちを押し退けた。
刹那の普段通り(見てきた中では)の態度を見て、ばくばくいっている心臓が少しは平静を取り戻した気がする。


「刹那、起きろ」
「……主…、どうやらそれほど強い魔物ではないな」


刹那は目を乱暴に擦るとライルの手から離れて、少年のサイズに戻る。
魔物は蛇のような形をした、異形のものだった。
10センチの刹那と比べて(今は160ぐらいはありそうだが)、魔物はかなりでかく20メートルぐらいはありそうだ。
どうするのか…揺れる船の中乗客用の手すりに掴まりながら、ライルは一部始終を見届けることにした。


「お前だな。海で暴れている魔物は」
『人間風情がこの俺様に話し掛けるとはな…!』
「…なるほど、人間かそうでないかも見抜けない愚かものだな」
『何だと…!!』


魔物は威嚇するようにキシャアアアと声を上げる。
それにびびった船乗りがライルにしがみついてきたが、あいにく男にしがみつかれても嬉しくもなんともない。
すぐに引き剥がし、魔物を挑発をしている刹那に目を向けた。
船乗りたちが叫んでいて会話は聞こえないが、まだ何か喋っている。


「見たままを言ったまでだ」
『おのれ、貴様はただで殺さんぞ…!!』


魔物は大きな尾を振り上げて、水面を叩きつける。
船体には当たらなかったが、船は更に揺れて水が入り込んできた。
焦る船乗りたちに船長が罵声を飛ばす。
刹那は船乗りたちの喧騒を物ともせずに、魔力を溜めた。
刹那の身体を黒い光が包むがすぐにエネルギー切れとなってしまったらしく、16歳ぐらいの少年の姿から5、6歳の子どもの姿に変化した。
人間ではないとやっと分かった魔物が一瞬戸惑う。
しかしすぐに茫然とした刹那を見下ろし、嘲笑った。


『どうした、粋がいいのはもう終わりか?』
「…駄目だな。封印されていた時に魔力を取られ過ぎた」
『ならば死ぬがいい!!』
「刹那!!」


魔物が再び尾を高く上げ、刹那の身体もろとも船に向かって振りおろそうとする。
船乗りたちは絶叫する。
死ぬかどうかは刹那にかかっているためか、ライルは理屈ではなく身体が動いていた。
ライルが近付き、刹那の身体を守ろうと覆い被さろうとした時に刹那は何を思ったか、ライルの唇に噛みついた。
一瞬だったがライルは驚き、目を瞠る。
刹那は唇を離し、ライルの唇に噛みついた時の血を舐めた。
ライルを一瞥した後魔物へと向き、意地の悪い笑みを浮かべる。


「おとなしく巣に帰れ」


刹那は先程のように黒いオーラを放ち、その力で尖った武器のようなものを形成するとそれを魔物に向かって投げた。
黒い力で形成された武器は魔物の尾を貫通し、額に突き刺さる。
魔物は悲鳴を上げて海の中に沈んでいった。
でかい巨体が倒れたので、船には水がかかり刹那もライルも皆ずぶ濡れになる。
しかし、それよりも魔物を撃退したことで船内は歓喜の声に包まれた。





船内がお祭り騒ぎになり、早々に抜け出したライルと刹那は、宛がわれた部屋に戻っていた。
刹那は相変わらず子どもの姿でベッドに座り、足をぷらぷらとさせている。


「ったく、冷や冷やさせんなよ」
「全くだ。あんなに魔力を吸い取られていたとは思わなかった。お前から取らなければ俺以外あの世行きだったな」
「…あの時、俺から魔力を奪ったのか?」
「ああ」


(あのどっきりは魔力を奪うためのものだったのか…ん?ちょっと待て)


「俺に魔力はほとんどない筈だが…」
「それは違う。魔力がなければ俺たち幻獣とは契約出来ない」
「そうなのか」
「まあ主の場合は少し仕掛けがあって、魔力が眠っていた、と言った方がいいのかもしれない」
「へえ…」


初めて知る事実だった。
今まで散々学校の講師は落ちこぼれのレッテルを貼ってくれたのだ。それは魔力がないせいだと思っていた。
兄さんだけは違った目で見てくれたが、余計に惨めになった。


「この姿では力も限度がある。あの魔物も多分生きているだろう。悪さが出来ないよう力を封じたがな…」
「そうか…」


最初から殺す気などなかったように思えたが、ライルは口には出さなかった。
会話が途切れると刹那は頭を揺らし始める。
見た目と同じく夜は眠いのだろう。子どもの身体だから、なのかもしれない。


「封印を解除しても魔力が正常に戻らないとは思わなかったな……益々、ニールが憎らしくなった…」


刹那はそのままライルの身体に凭れて眠ってしまった。
ライルは子どもの頭を優しく撫でる。


「お疲れさん」


刹那の身体をゆっくりと抱きあげて、ベッドに寝かせた。


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