船旅編1 | ナノ




刹那という幻獣を召喚獣にしてから、一週間が経過した。
人間の姿でいるが、本来の姿は違うらしい。おそらく襲ってきた時の触手の持ち主だと思った。
普段移動の時には歩くのが面倒なのか、少年の身体をそのまま10センチぐらいの人形の大きさにしてライルの肩に乗っていた。
小動物を飼っているようでなんとなく癒やされる。それをうっかり口にした時、顔を思いきり蹴られたが。小さくても力は強く、顔の骨が歪んだ。
そんな旅のパートナーと兄さんのいる中央本部を目指していたが、あいにく船に乗ろうという段階で出航出来ないと船乗りに言われた。


「…何でだよ?」
「海に魔物が出るようになりましてね…おかげで仲間の船は難破するし大変なんです」
「本部からの派遣は?」
「それが術士も騎士も人手不足で、一か月はかかると言ってました。これじゃあ俺たちも商売あがったりだ。だから無理です」


そう言われてはいそうですか、と言えるわけがなかった。
術士の中枢機関のある中央本部に行くには、船がてっとり早い。そうでなくても大陸が違うので徒歩や車で行けるわけがない。
ライルは顔を顰めて、肩に乗る相棒に話し掛けた。


「だってよ。どうする?」
「仕方ない。面倒ではあるが俺が魔物を退治しよう」


肩に乗っているマスコットに話し掛けている姿を見た船乗りは、首を傾げた。


「それ、召喚獣ですか?あなたはもしや、召喚士様…!」
「じゃない。もどきだな」
「そうですか…そうですよね。そのちんまいのが海の魔物を倒すのは無理ですよ」
「何だと!?んんぐ!」


刹那の怒りが手に取るように分かったライルは、肩から彼を降ろして撫でてやり宥めた。
刹那が幻獣の中でどれぐらいの位置なのかは分からないが、少なくとも人間よりは大分力はある。
この男をさくっと殺してしまうかもしれない。
こんなところでお尋ね者になるのは極力避けたかった。


「…主、邪魔をするな」
「気持ちは分かるが我慢しろ。後で飴買ってやるから」
「…主も俺のことを何か勘違いしていないか?」


真顔で魔力を溜めようとする刹那に、冷汗がだらだらと流れた。


「冗談だって。でもお前、海にいる魔物だぜ?何とかなるのか?」
「俺を誰だと思っている。そこらの奴と一緒にするな」
「まあお前の力は知ってるけど。俺はあの時死ぬかと思ったし…でもなあ」


魔力の無さから術士には関わらずに生活してきたライルは、幻獣の力の強さ等よく分かっていなかった。
ライルの疑念を察知した刹那は一瞬眉根を寄せたが、やがてふっと笑う。


「主、俺に命を預けてみないか?」
「……それで、俺が死んだらお前は自由で万々歳だよな」
「まあそうとも言うが、これは単なる賭けだ。乗るならば、俺の真名をやろう」


刹那の申し出に驚いたのはライルだった。
契約には名前はいらない。だから、幻獣はほとんど偽名の場合が多い。
しかし、気に入った人間には真名を与えることもあるらしい。兄さんが昔言っていた気がする。
幻獣にとって真名を与えることは服従を意味する。契約をしていなくてもその名を呼ばれれば、命令に従うことになる。
そんなものをくれてやろうと言った刹那は何を考えているのか。


「お前、本当に俺を殺す気か?」
「いや。退屈凌ぎにはなるだろう。それにそのニールと似た顔は腹立たしいが、主のことは気に入っている」
「…そりゃどうも」


一週間かそこらで何故か気に入られてしまったらしい。
悪い気はしないが、真名を貰うなど責任が重すぎる。刹那より優位に立ちたいわけではない。
真名はいらないから、幻獣の女を紹介してくれと頼んでおいた。
刹那は目を瞠ったが、すぐに呆れた様子でライルを見る。


「幻獣の女は厄介だ。己の美貌を保つことしか考えていない。お前の精気を吸えるだけ吸って後はポイ捨てだぞ」
「へえ…」
「まあいい。主が賭けに乗りさえすれば俺は構わない。…では、あの船乗りを少しからかうか」


本当に退屈だったらしく、刹那は10センチの姿から少年の姿に戻り(であってるのか?)先程話していた船乗りともども船を動かしてもらうために脅しをかけ始めた。どうやら刹那のからかうらしい。
関われば厄介なことになりそうだったので、ライルは側でその様子を見ているだけだった。


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