6.崖、伸ばされた手、そして落下@ | ナノ


6.崖、伸ばされた手、そして落下@


ユニオン軍に追われた俺たちは、どこから逃げてきたのかも分からず荒れ果てた大地に逃げ込んだ。
右腕を撃たれた俺は、庇いばがら何処へ向かうでもなく走る。
ロックオンの方は右足を撃たれていたので、俺が肩を貸していた。

どのくらい走ったのか分からない。
けれど、終わりは必ず来る。
断崖絶壁の周りでこれ以上進めなくなった俺たちを、ユニオン軍は追い詰める。
軍人の一人が俺に銃を向けて、撃った。

弾丸を受けるのは俺の筈だった。
だが、ロックオンが俺の身体を庇い腹を撃たれる。
そのまま崖に落ちていくロックオンの身体。俺は必死の想いで彼の手首を掴んだ。
グランドキャニオンのような崖から落ちればひとたまりもない。撃たれた右腕で掴んだので力が入らないが、引き上げようと一生懸命だった。
しかし、大の男を引き上げるには力がいる。
右腕の痛みに顔をしかめた俺に、かろうじて意識のあるロックオンは笑った。


「刹那…離せ」
「嫌だ…」


ユニオン軍が今何をしているのかは分からない。俺を撃てばそれで終わりだが、今、ロックオンのことで頭がいっぱいだった。
撃たれた右足と脇腹から、血が谷底に落ちていく。
ロックオンは自分が助からない事を悟っていた。おそらく、俺も心の奥で分かっていた。

けれど。
この感覚は前にも味わった事がある。怖れていた、最悪な事態だった。


「…刹那」
「嫌だと言っている!」


また、この男を目の前で失うのか。
あの時も目の前で助けられなかった。それをまた繰り返すのか。
絶対に嫌だった。俺はこの手を絶対に離さない。
俺は左手も差し出して掴め、と促した。
ロックオンは笑ってその手を拒絶する。
そして俺が掴んでいない方の震える手で懐から小型ナイフを取り出した。

酷く嫌な予感がした。


「…わるいな、刹那。俺は、お前の足手まといにはなりたく…ないからな…」


そう言ってロックオンは俺の掴んでいた自分の腕に刺し、更に撃たれた脇腹を抉るように突いた。


「っ!!ロックオン!!」


微笑を浮かべたまま意識を失ったロックオンの血に濡れた身体は、ぶらりと垂れ下る。
動揺した瞬間に、流れた右腕の血で手が滑り、ロックオンの手首を離してしまう。


「うあああああっ!!」


俺は、誰も助けられない。
愛しい人一人、助けられない。
視界が真っ赤に染まり、俺は意識を手放した。







「はっ…、」


起き上がれば、そこは艦内の自室の次に見慣れた部屋、日本の自分の部屋だった。
世界中を旅する中で、ロックオンが行きたいと漏らした場所である。
昨日着いたばかりだが、ここは今まで旅してきた場所に比べると平和で、見張りも必要ないかという結論に達し、一緒に眠る事にした。

今までとは違い安心したから、その警告にこんな夢を見たのだろうか。


「そう…か……ゆ、め…か…」


だから、あの断崖絶壁もユニオン軍に追われていたのも全て夢だという事だ。
視線をすぐ隣に移せば、ロックオンが横に丸まって眠っている。
夢のように血だらけではない。息もしている。生きている。
俺はだらりとベッドの上に投げ出された、革手袋の外された彼の手を握った。
温かい。夢では、確かにロックオンに触れていたのに温かさなど感じなかった。


「…せつな?」


眠っている人間に遠慮なく触れていたせいか、あるいは上半身を起こしていたせいで毛布がめくれて寒かったのか、ロックオンを起こしてしまったらしい。
手を離して謝罪をしようと口を開くが、喉がからからに渇いて上手く言葉が出せなかった。
ただごとではないと思ったのだろう、ロックオンは顔を引き締めて起き上がってキッチンまで行き、わざわざ水を持ってきた。
飲め、とコップを差し出されて俺は受け取ると、一気に飲み干す。
そのままベッドサイドへ空になったコップを置き、息を吐いた。
ロックオンはベッドに腰掛けて怪訝そうに俺の顔を見る。


「どうした?悪い夢でも見たか?」
「…大、丈夫だ」
「そんな状態で言われても、説得力ないけど?」


冷汗でびっしょりの額を撫でて苦笑を浮かべるロックオンに、俺は何も言えない。
夢の内容を言えば、心優しい男は俺の分まで心を痛めてしまう。
しかも夢の中とはいえ、死にゆく話など聞きたくないだろう。
ぎゅっと両目を瞑り、何も言わずにロックオンの胸に額を押し付けた。
ロックオンは何も言わない俺に腕を回して、俺の後頭部をそっと撫でる。

(やはり温かい)


「…すまない」
「いや?役得だとは思うけど、俺以外にしたら嫉妬するな?」


軽い言い方で俺の気持ちを紛らわせてくれようとしている。
今まではそんな誤魔化すようなロックオンに苦手意識を持っていたが、今はとても有り難かった。
夢を見たせいか、ロックオンが生きている事を身体中で感じたくて、彼の背中に腕を回した。

いつの間にこんなに弱くなってしまったのだろうか。
俺は、共に生きている間は彼に認めてもらった強さを維持し続けたかったのに。
側にいれば側にいる程、脆くなっているようだった。

腕に力を入れると、ロックオンの笑い声が頭上から聞こえてきた。


「いつもこんな風に甘えてくれたらいいのにな」
「…なぜ?」
「お前は強くあろうとするから、俺が置いてかれるだろう?」


そんなつもりは全くない。
ただ、ロックオンが望む俺でありたかった。それだけだ。


「…一緒がいい」
「刹那?」
「…眠る時も食べる時も、戦う時も…死ぬ時も…お前と、共に…」


置いてなどいかない。
助けられなかった夢の映像と、ロックオンが復讐を果たそうとしたあの時の映像が脳裏にちらつく。
それらを振り切るように頭を横に振ると、真剣で泣きそうな表情をしたロックオンに強引に口づけられた。
頭を撫でられていた時とは違う激しく獣じみた行動に、一瞬驚いたが、すぐに応えるように舌を出して絡めた。
くちゅくちゅと唾液の混ざる音に、羞恥心を感じる。
これ程までに求められた事に喜びを覚え、ロックオンのされるがままに流されよう、と服に手を入れた行為に抵抗をしなかった。

→(R)

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なんとなく4と対。


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