旅の始まり | ナノ
旅のはじまり
ロックオンがリハビリを経て、ソレスタルビーイングに復帰を果たした。
王留美に重傷で拾われて意識を取り戻し、ソレスタルビーイングに戻るためのリハビリをしている事を知った時は、トレミーのクルー全員彼が生きていた事に安堵し、涙を流した者もいた。
地上でのリハビリを終えたロックオンが数年後にトレミーに帰って来た時は、大騒ぎだった。
ティエリアとフェルトはロックオンに泣きついて離れないし、アレルヤの男泣きでラッセやドクター・モレノ、イアンを困らせていた。
クリスティナ・シエラとリヒテンダール・ツエーリもうっすら涙を浮かべ、スメラギ・李・ノリエガは酒で祝う準備をしていた。
俺はといえば、その中に入る事は出来ずに、ハロを抱えて遠くで彼の姿を見ていた。
それに気付いたラッセは、アレルヤから逃げるようにして俺の隣に来る。
「刹那、どうした?…お前も、あいつに何か言わなくて良いのか?」
「…言いたい事は、ハロが言ってくれる」
俺の手を離れてふわりと浮いたハロは、ロックオンの手の中へストンと落ちる。
驚いたロックオンが、ハロのいた俺の方を見た。
視線が絡む。
しかしその視線はすぐに外された。ハロがロックオンの手の中で動いたからだ。
「ロックオン、ロックオン」
「どうした?」
「マッテタ、マッテタ」
「うう、ハロオオオ!!」
相棒にそう言われて涙を浮かべながらハロを抱き締めるロックオンに、ラッセは苦笑を浮かべる。
ラッセは何か言いたそうな顔でこちらを再び見たが、知らない振りをしてその場から立ち去った。
ロックオンはこれからここにいると聞いた。
俺の予定は2日後からだが、まだ時間はある。
逢える時に逢えばいい。彼は俺達と共にいる。
本当は死の重みを教え、心配ばかりかけたロックオンを一発殴ろうかと思っていたが、皆の様子にさすがに止めた。
和やかな雰囲気をぶち壊さなくてもいい。
ロックを解除して自室に戻ると、少し前からしていた荷物をまとめる。
やっとスメラギ・李・ノリエガから許可の出た、世界の状況を知るための旅の準備である。
本来ならば、ソレスタルビーイングの活動は今休止している(せざるを得ないというのが正しい)のですぐに許可が出る筈だったらしいが、スメラギ自身が反対をしていた。
それが急にロックオンが帰ってくることになり、彼女が話したのか王留美にもその話がいったらしく、援助金を少しばかり貰えた。
有り難いと思う。世界がどう変わったのかを知るのが目的だが、これは俺のエゴによる旅だというのに。
しかも、俺はまだその話をソレスタルビーイングのクルーにはしていない。
ロックオンも帰ってきて、切り出すタイミングを完全に失ってしまった。
「だが、…それでも、俺は…」
「刹那?」
突然の第三者の声に驚く。ロックオンだ。
ハロでロックを外して、今までも今からも歓迎されるべき男が、何故か俺の部屋まで来て中に入った。
相変わらずプライバシーを無視している。
そんなことで怒ったりなどしないが、何故来たのだろう。
「…皆は?」
「ブリッジにいる。お前が話し掛けてもくれずに行っちゃうんで、俺は拗ねてこっち来たんだよな」
彼は久し振りに見る笑顔で言うが、笑い事ではないと思った。
皆怒るに決まっている。数年を経て再会したというのに、主役が皆を差し置いて、俺を優先するなんて。
「馬鹿、だろう…」
「案外そうでもない」
ぐっと腕を掴まれて、呼吸すら上手く出来ないようなきつい抱擁をされた。
驚愕のあまりに抵抗すらままならず、ただされるがままにロックオンの懐に入った。
「…逢いたかった、刹那」
(それは、俺もだ)
言葉にならずに空気中に声が漏れた。
何だか涙腺が緩んでいるらしく、視界がぶれる。
ああ、俺は泣いているのだろう。情けない顔をしているに決まっている。
俺は、顔を見られないように彼の背中におずおずと腕を回した。
馬鹿は、俺かもしれない。
無意識の内に、ロックオンを取り巻いている皆の側にいけない自分が嫌で、逃げたのだと思い知った。
「…ロック、オン…」
若干苦しいので身じろぎすれば、抱き締められているのが嫌だと勘違いしたらしい。
顔を歪めたロックオンは、俺の耳元で小さく囁いた。
「離したくない」
あまりにも苦しげな声で言うので、俺はおとなしく彼の身体の中に収まった。
離したくないのはお前だけではない。
「…離さ、ない」
今度は涙ぐんだ声だったが、思った事を言う事が出来た。
そうすれば、頭の上でロックオンが笑った。
「そうだな。だったら、俺もお前についていくからな?」
「は?」
いきなり何を言うのだろう。
何のことだか分からず、以前とは違い少し差が縮まった、上にあるロックオンの顔を見上げた。
ロックオンは俺の困惑した様子に笑っている。正確には、口元だけが。
意地の悪い、悪戯をする前の子どものような瞳をしていた。
その男が顔を近づけて、俺の潤んだ瞳を舌で舐めた。
舐められた方の俺の身体は、びくりと跳ねる。
「な、ん…」
「その荷物だよ。王留美から聞いたぜ?一週間も経たない内に地上に降りるんだろ?」
「な、」
「俺もつれていけ」
側にあった荷物に指を差したロックオンに、俺は目を見開いた。
まさか、世界を回る旅の事がロックオンにばれているとは思わなかった。
この旅は、誰かと行く計画などしていない。ガンダムは使えない、当てもない行き当たりばったりのものであるのに。
そんな危険な旅だから、ロックオンがリハビリを終えていてもドクターモレノに止められるだろう。
もちろんティエリアやスメラギ・李・ノリエガ達も止めるだろう。
だが、俺は駄目だとは言えなかった。
ロックオンが本気の眼をしている。冗談で言っているわけではないのだろう。
この男は側にいる、と言うのだろうか。
沈黙の中、抱き締められながら考えて、結局俺はこう言った。
「…勝手にするといい」
「本当だな?じゃあ、さっそく許可申請にいきますか」
あまりに喜んでいるので、絶対に止められるぞと言いにくくなった。
だが誰かに言われずとも、実際自分でも分かっているだろう。
しかし実際に分かっていなかった(どうやら浮かれていたらしい)ロックオンは、帰ってきて早々にまた地上に降りて暫く帰らないと言い、少なくとも2人の人間を泣かした。
更にはドクターとティエリア、スメラギ・李・ノリエガ達に懇々と説教をされた。
それでも意志を変えない彼に、呆れたスメラギ・李・ノリエガが溜め息を吐いてこちらに質問を投げかけた。
「刹那、あなたはそれでいいの?」
「構わない」
言い切った俺に、彼女はあなたが止めてくれれば良かったのに、とぼそりと呟いた。
俺達の世界を回る旅が始まる。