双方交わる事のない、 | ナノ


双方交わる事のない、


静かな夜だった。
切迫した状況であるにもかかわらず、ロックオンの部屋だけは空間が切り取られたかのように甘くだるい雰囲気が漂っていた。
実際の2人には甘いと感じているかどうかは分からないが。



そんな中、刹那は唐突に目が覚めた。
今まで散々隣で眠るロックオンに貪られて、もう駄目だと伝えたら笑って更に求められたと思う。眠っていたような気もしてよく分からない。
終わった…と思った時には意識が朦朧としており、そのまま目を閉じて再び眠ってしまったらしい。

発端は、刹那が報告書を持っていった帰りにロックオンの部屋の前を通り過ぎようとしたところ、そのまま部屋の持ち主に腕を取られて部屋に連れ込まれたことだった。
整備も終わっていたので部屋に戻って仮眠を取るだけだったが、さすがに無理矢理だったので頭にきて抱き寄せられたところで暴れた。
しかし電気も点けず暗闇の中でロックオンの瞳が酷く歪んでいたのを見てしまい、刹那はそれ以上暴れる事が出来なくなってしまった。
刹那…と名を呼ばれたと同時に痛い程抱き締められて、結局流されてしまった。

流されてしまったのはそれだけではない。この男には過去の負い目とまだ話していない過去がある。
考えないようにしてきた。実際報告などの私的な用がない場合は普通に対応出来ていると思っている。
それでも2人で肌を合わせていれば、自然と相手のことだけを考えてしまう。
過去、そしてロックオンの表面的な優しさに隠された想い。
刹那は何故ロックオンが未だに自分を抱くのか分からなかったが、相手の過去に触れた事で誰にでも優しくする彼の真意を理解出来た気がする。

(ロックオンはおそらく…)


「お早い目覚めだな」


目を覚ましただけで身体を動かしてはいなかったが、ロックオンには刹那が起きているのが分かったらしい。
驚いた刹那が素肌のままの身体を離そうとすると、腕をとられて抱き込まれてしまった。


「…離せ、」
「寒いから嫌だね」


空調で暖かいはずなのに、ロックオンはそう言って刹那の身体を更に強く抱き締めた。
自分のものではない温かさが胸に染みて身体中に回っていく。
まるで遅効性の毒のようだ。しかもその毒はもう全体に回っている。
刹那はこの男から離れるのを早々に諦めて、とくんとくんと刻むロックオンの心臓に耳を傾けて目を閉じた。

(もうロックオンに囚われてしまった)

出来るならば、この男を繋ぎ止めておく術が欲しい。


「…随分甘えたなんだな」


そうではないが、伝えたところで都合の良いように信じるロックオンには届かない。
刹那は身動きをせず何も言わなかった。
ロックオンは刹那の様子に苦笑を浮かべると、先程より低い腰に響く声色で独り言のように呟き始めた。


「…俺はさ、誰かとこうやって抱き合うのも、懐に入れるのも避けてきたんだ」
「……」
「でも、今は…お前と睦言を語らいたい気分だよ」


どんな表情をしてそんな事を言うのか、と刹那は顔を上げようとしたがロックオンが腕の力を込めたので不可能になった。
ただ身体を抱き締める腕が震えていて、ロックオンの本当の想いだと知る。
刹那は心臓の辺りに置いていた手を、ロックオンの震える二の腕に重ねた。


「無理はするな」
「え…?」
「お前が大切なものを作りたがらなかったことも分かっている」


自分も…結果的には同じだからだ、と刹那は心の中で呟いた。

大切なものを亡くしてしまう辛さ。

ロックオンはテロにより大切な家族を失った。刹那は自分の手で大切な両親を手に掛けた。
きっかけは正反対である。実際両親を自ら殺した男が大切なものを亡くす辛さを語っていいと、刹那は思わない。
刹那の言葉にロックオンは一瞬目を見開いたが、刹那の頭を撫でると顔を見るために両頬を挟み込むように手を置いた。


「…そっか、お見通しか。でも今はトレミーの仲間も大事なんだぜ?」
「…ああ」
「特に、刹那は……もう、言ってもいいか?」


躊躇いながらも泣き出しそうな表情に見えたのは、気のせいだろうか。
ロックオンは刹那の目に視線を合わせて、深呼吸をしてからふっと笑った。


「ずっとこの想いから顔を背けてきたが、無理だった。刹那が好きだよ…理屈や言い訳は通用しない。心の底からそう思えるんだ」
「……」
「…なんて、くさい科白だよな…?刹那?」


刹那の顔を暗闇に慣れてきた目で見て、動きが止まる。
刹那の顔が真っ赤になっていた。それまでは無理をさせたせいで青白かったのが、まるで熟れたトマトのようだった。


「刹那…お前…顔、」
「っ、…し、知るか!俺は寝る!」


刹那は毛布を被り直して、ロックオンに背を向けて身体を丸めた。
唖然としたロックオンだが、すぐに我に帰ると後ろから刹那の身体を覆い込む。
身長差のせいですっぽりはまってしまうのが、刹那にとっては屈辱であり、微かに喜びでもあった。


「…離せ」
「訊けないな」


ロックオンは刹那の耳元で囁いた。
刹那の身体がビクンと跳ねあがる。快楽に堕ちた身体はまだ敏感である。


「…俺を分かってくれようとするけど、自分の事は我慢ばかりして息を詰まらせているガンダム馬鹿を放っておけないんでね」


ぼそりと続けた言葉に、思わず刹那は振り返る。
迷い子のような目をしていた刹那に、ロックオンは笑顔を浮かべた。


「…無理に聞き出そうとは思っちゃいない」
「……」
「だが、俺じゃ駄目ならトレミーの人間でも…誰でもいいから吐きだした方がいい」


慈しむようにロックオンは刹那の頬に手を滑らす。
刹那はその手に自分のものを重ねて、甘えるように頬を擦り寄せる。
ロックオンの温かい熱を感じて、ほっと息を吐いた。


「…少しずつ、あんたに…伝えたい…」
「……」
「あんたの気持ちに…俺も、応えたいから…」
「そっか…」


刹那はゆっくりと重ねていた手をロックオンの背中に回した。
ロックオンが喉から手が出るほど求めた家族を、自分の場合は自ら壊した事がいつか…いつか伝えられたらいい。
だが今は、無理だ。

(この腕を無くしたくない)

再び心臓辺りに顔を埋めた刹那に、ロックオンは頭を撫でてそっと唇を落とし、離れないよう掻き抱いた。








刹那の寝息が再び聞こえ始める。
お互いに過去を晒した自分達の間に、薄い膜が出来てしまったと思った。
だから半ば無無理矢理行為に及んでも、刹那はもう暴れて抵抗をしなかった。
刹那の中に、俺に対する負い目があるとその時に分かった。
哀しいと思った。自業自得だと笑う自身の声もあった。けれど、


「…俺はお前のように、分かっていても自分から口に出来ないんだ…」


離れていく相手を追いかける術を知らない。
ただ、離れないように雁字搦めにすることしか、分からない。


「…愛してる」


偽善者のような言葉と知りながら、ロックオンは愛しい子どもに呟いた。

愛しい子どもは、息を潜めて男の言葉の意味を考える。


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一期19話後の21話前の話です。
勝手にロク(刹)ソング、「柊」(D/o A/s Infi/nity)を聴きながら書きました。


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