1.優先順位は不動の一番 | ナノ


始まりの朝はいつも同じである。
セットされた目覚ましがけたたましく鳴るのを手探りで止め、もう一度毛布を頭まで被る。
その内よく似た顔の弟が自分の部屋の扉をノックもせずに開け、毛布を取られる。


「うー……ねむ、い…」
「兄さん、朝だよ。このままだと遅刻するけど?」
「…休む…」


目も開けずもぞもぞと身体を動かしていると、弟は盛大な溜め息を吐いて俺のパジャマの襟を掴んだ。
そのまま引っ張りあげられると重いとばかりにベッドから床へと放られる。
弟はこんなに力持ちだったのか…と感心したいところだがあらゆる場所が痛くてできない。


「いってえええ!ライル、もう少し優しく起こしてくれよ!」
「優しくして起きた試しないだろ。さっさと着替えて顔洗って髭剃ってこいよ。朝飯はできてるから勝手に食べて」


もう既に着替え終えているライルは、緩く縛っていた髪を解いて俺の部屋を後にする。俺もライルの後をついていくように部屋を出た。
微かに見えていた項がとてもえろい。風呂上りの姿は誘っているようにしか見えない。
最近妙に色気づいている気がするのは俺の気のせいだろうか。
以前までなら休日は門限よりもいくらか早く帰ってきていたライルが、最近は門限ぎりぎりまで家に帰らない。
仕事のある日は帰ってこれば少なくとも二人でリビングにいる時間はあった。しかし今はほとんど部屋に篭りきりである。
まさか……、と俺は一つの結論に辿りつこうとしていた。
その時、リビングのテーブルに置いてあったライルの携帯が鳴る。
ライルは3コール目ぐらいで通話ボタンを押し、携帯電話を耳にあてた。


「…よう、お前朝弱いくせにどうした?」
「……」
「…忘れ物?あー、ライターか。昨日置いてったかもな」
「…(ライター?あのニコチン中毒とも言えるライルが…?)」
「朝は時間がねえから仕事が終わったら取りに行くけど、家にいるか?」
「…(家に行く…?)」
「ん、じゃあ終わったら連絡するからよろしく」


その後電源ボタンを押したライルは、スーツの上着のポケットに携帯電話をしまった。
今の会話(ライルの声しか聞こえなかったが)で俺の中での疑いが更に大きくなった。
愛してる、とか好きだよ、とか甘い言葉を囁かなかったから誤解だと思いたい。しかし心の中でもやもやした感情は大きくなっていく。
疑念はすぐに晴らすべきだと思った。答えがどちらにしろ、分からない状態が一番精神的にくるからである。


「ライル」
「ん…?兄さん。まだ着替えてなかったのかよ。本当に遅刻するぜ?」
「聞きたいことがある。お前…恋人がいるのか?」


俺の言葉にライルはびくりと肩を震わせた。
ライルの態度に疑念が確信に変わる。もやもやから苦い感情へと変わる。
空気が凍る。一瞬にしてリビングの気温がいくらか下がった気がする。
それが自分のせいだとはこの時、ニールは気付かなかった。それどころではなかったというのが正しい。
俺は焦っていた。『ライルに恋人がいる』という場合の対処法を全く考えていなかったからである。
気付けば心の中で考えていたことが口に出ていた。


「…それも、ただの女じゃないだろ。最近妙に色っぽい顔してるから、そのどS女に後ろや乳首を開発されたか…あるいは、」


男か、と続けようとした時にライルは眉を吊り上げた。


「あんたは俺の下世話も焼くわけ?いい加減にしてくれよ。俺がどS女に開発されてようと男の恋人がいようと構わないだろ?」


弟の反抗的な態度には目を見張るものがあったが、大抵いつものことなのでそこまで気にしなかった。それよりも今の言葉で疑念がなくなる。
ライルは頭に血が上り始めているのか、自分の失言には気づいていないようだ。
俺はどS女のことは言ったが男とはまだ口に出していない。
最後の最後で詰めが甘い。そんなところも可愛いわけだけれど、今はそんな気分でなかった。
腸が煮えくり返るような、酷く薄暗い想いが湧き上がる。


「…いるんだな、男の恋人が」
「……」


ライルはしまったという表情をし、口を押さえる。
まさかと思った。まだどS女のがましだったのかもしれない。
男は駄目だ。ライルが幸せになれない。


「お前はどこの馬の骨に掘られたんだぁ!?お兄ちゃんは赦しませんよ!!」
「さっきから何で掘られること前提なんだよ!この馬鹿兄貴が!」
「だってお前可愛い(ニールフィルター全開)だろ!」
「自分の顔見て言ってみろよ!その言葉二度と言えねえだろ!」
「俺は可愛くないけどお前は可愛いよ!目に入れても痛くないからな!」
「何だそれ気持ち悪い!どんな目してんだよ!」


朝から近所迷惑にも関わらずひとしきり叫んだ俺とライルは、ぜえぜえと呼吸を繰り返した。酸素が足りない。
ライルは唾でも吐きそうな顔で俺を見た後、仕事の時間だとばかりに鞄を持ち玄関へと向かう。
対する俺は仕事のことなど忘れライルの背を追いかけた。


「おい、俺は認めないからな!」
「誰もあんたに認めてもらおうなんて思っちゃいねえよ。俺は俺の好きにする。兄さんの意志なんて関係ないから」
「ライルっ!!」


俺の悲痛な叫びを無視したライルは、実の兄にとは思えない程冷めた目でこちらを見てから出ていった。
俺はと言えば玄関で力なく膝をつく。
いずれライルに恋人ができ(前から彼女はいたようだが)、俺が一番ではなくなることは分かっていた。
しかしいざその時が訪れるとなんとも言えない寂しさと怒りがこみ上げてくる。


「俺の可愛い弟を寝取った男が恋人だと…?赦さねえよ…!」


ライルに恋人がいる事実を素直に受け入れられない俺は、いくらか妄想が入り混じっていたことにも気付かなかった。




「…やっちまった…兄さんに認めてもらえるように、少しずつ準備してたのに…」


ライルは車に乗り込んでハンドルを握り締め、泣きそうな声を出した。










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