04. 三番目の犠牲 | ナノ


04. 三番目の犠牲


(誰も、いない)

まるで初めから誰も存在していなかったようなブリッジの様子を確認して、刹那はただ目を開いて立ち尽くす。
その後ライルもブリッジ内を見て、怪訝そうな表情をした。


「…何で誰もいないんだ?」


刹那の返事はなく、その質問は空気中で消滅した。
ただ事ではない様子を感じ取ったライルは、刹那の両肩を掴んで自分の方に向ける。


「お前、何か知っているのか?」


刹那は何も言わず、ただそこに立っているだけであった。
存在しているのに、ここにはいないようなそんな状態にライルは眉間に皺を寄せる。
今までこんな脆い状態の彼を見たことはない。
誰よりも毅然とした態度で、皆を引っ張っていた。
誰にでも優しい青年だ。黙ってぼこぼこに殴られても文句の1つも言わない。むしろ相手を想いやっていたとも思う。
全て自分が受け入れて、全てを持っていこうとしている。
並み大抵のことではない。組織に入る事で強くなったと勘違いをした、撃てなかった弱い自分が変われる立場でもない。…変わりたくもない。
だが、それは果たして”強さ”なのか?

(なんて、助けてもらったくせにぼこぼこにした俺が言える科白じゃないな)

冷静に考えて相手を想い、代わりに自分が撃つと言った刹那が間違っているとは思えない。実際彼はアニューを撃って俺を、他の仲間を救ったのだから。
刹那は不器用なりに、俺や仲間を想ってくれているのだ。

(そうだった、俺が言ったのに忘れていた…刹那は不器用だっただろうが)
(だが、まだ…俺は、お前を赦せないんだ)

それでも、ライルにとって今やるべき事は決まっていた。


「刹那、返事をしろ!」


ライルは少し強く身体を揺さぶると、刹那ははっとして我を取り戻した。


「ライ、ル…」
「正気だな」


ライルはほっと息を吐くと、刹那から離れて今度はブリッジ全体を見回した。
アニューの思い出があるから、この場所には暫く近づけないとライルは思っていた。
しかし、そんなことを言っている場合ではない。人がいなければトレミーは動かない。何故いないのかも分からない。

(このままでは俺達は死ぬ。それだけは駄目だ)



「声…」
「あん?」


刹那がやっと答える気になったのか、とライルは思ったが違ったらしい。


「あの、人の…声が…」


刹那が瞬きもせずにそう言い終わった途端、ライルの下辺りから真っ黒な闇が這い上がってくる。
刹那はぞっとして、ライルの腕を力いっぱい引っ張り自分の方に引き寄せた。
ライルはそのまま壁に激突しそうだったのを、掴まれていない反対の腕で壁を押し返して体制を整える。


「うお!何だ…?黒い…?」
「あの闇で、俺と話をしていたソーマ・ピーリスは消えた」
「わけわかんねーって!」


ライルは首を傾げるが、理屈が通じるものではないので何とも言いようがない。
刹那は「ここから離れる事が第一だ」、と言い床を蹴った。
ライルもどうしようもなく、その後に続く。


『逃げても無駄よ、ソラン…』
「…ソラン?」


ライルは聞こえてきた女の声に反応した。
刹那は何も言わず、格納庫へと向かった。





****

格納庫も大事な機体は全てあったが、整備をしている筈のイアンも沙慈もいなかった。
ハロもいない。ブリッジ同様閑散としていた。


「…どういうこった」


ライルがそろそろ状況を話せ、と視線で訴えてくる。
じくじくと痛む心臓を無視し、刹那は口を開いた。


「分からない…が、お前も見た黒い煙のような濃い闇がソーマ・ピーリスを捕えて呑み込んだ。そして夢で見た女の声がした」
「…女の声?さっきのか?」
「ああ」


からからに渇いた喉を潤すべく、ライルはパイスーのポケットの中からミネラルウォーターを取り出して飲んだ。
乱れた息を整えることの出来ない刹那に、飲みかけのミネラルウォーターを渡す。
渡されたことにも気付かず、刹那の指は震えていて落としそうになった。

(こんな状態になる刹那に、俺は縋り泣いたんだな…)

どちらか一方が動揺していると、もう一方は冷静にならざるを得ない。
たとえ現実で起こり難い出来事で混乱していても、ライルは目の前の相手を殴った時よりは頭が働いていた。

(もしかして…刹那も、同じだったのか?)

「もしもの時は俺が撃つ」と彼が言った時、信じられないぐらいに冷静であり意志の固さを表していたような気がする。
だが…今の状況は逆だった。
本当は刹那もアニューを撃つ時に動揺したのだろうか。
仲間だったんだから当り前だろう、と心の中の俺は呟く。
言い表せない感情が心を、身体を支配していく。
しかし今は考えても仕方ないし、奇怪現象の究明のが先だと思いライルは振りきった。


「とにかく、俺達以外ここにいない。何とかするしかねーよ」
「そうだな」
「しっかし何とかするって言ってもな…まず、トレミーを…」


がりがりと後ろ頭を掻いたライルに、刹那は再び暗い煙のような闇を見た。
ライルの背後から、彼全体を包み込もうとしている。


「っつ!?もう追いついたのか、」
「ライル…!!」
『この男を呑みこめば、後は貴方だけ。母の元においで…ソラン』


女の言葉に、刹那は先程よりも強い動揺を見せた。
ライルは抵抗するが、びくともしない。
黒い手に腕を掴まれて闇に呑み込まれそうになっているライルは、女の声や今の状況に恐怖するよりも刹那に対する不安を覚える。

(母親…?KPSAに所属していた刹那だぞ?)

KPSA等の無差別テロ組織の名前、それから大体の事情は知っていた。
神を信じ、両親を殺めて戦士となる儀式のある、組織。

(だから、こいつの母親がここにいるわけない。じゃあこれは?まさか…?)

こちらに腕を伸ばした刹那に、ライルは首を振って叫んだ。


「来るな!」
「だが…!」
「俺よりも自分のことを考えろ!!何でこんなことになったのか……」


闇に溶け込むまで必死に叫ぶライルに、刹那はぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。


****
ところで書いといてなんですが、パイスーにポケットなんてないと思います。


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