小説 | ナノ


 さくらいろヒーロー

「憲太くん、時間、大丈夫?」

軽く肩を揺すられて、目が覚めた
髪を切られながら、いつの間にか寝てしまったようだ

「ほら、前向いて笑って。よし、いってこい、男前!」

ちょっとした儀式のように両手で背中を叩かれて、僕は走り出す
凛とした強い目に見送られながら、晴れ晴れとした気持ちで


少し離れた待ち合わせの場所から、彼女とゆっくりと歩き出す
僕の左手と彼女の右手が自然と重なり合うことが、何だかとても嬉しくていつもより遅い足取りで川沿いを歩く
春の風が、少し気の早い桜のはなびらをふわりと一枚、僕の頭に落して去っていく

「髪、似合ってますね」

彼女の手が、優しく僕の髪についたはなびらを摘まむ
自然と向き合うような格好になって、目が合った彼女が照れたように笑う
淡い薄紅色の頬が、眩しい光に溶けてしまいそうで、思わず彼女を引き寄せた

この先もずっと、一緒にいよう

心の中に浮かんだかっこいいセリフは
やっぱり上手く吐き出す事が出来ずに、胸の奥の方に落ちていった
あの時もらった大切な言葉が、微かに聞こえるせせらぎの音に重なって流れる


あなたはあなたらしく笑えるように生きたらいい

焦る必要なんて、ない


揺るがない想いがここにある限り
何度自信を失くしてもそれでも笑う、と決めた
小さな決意を胸にしまって、抱きしめた腕にほんの少し力を込めた

川の上を走る霞んだ空を見上げて吸い込んだ風の匂いは
何かの花の香りがした

二人の上に降り注ぐ木漏れ日に、手をかざす
まだ傷の無いこの手では、あなたの事を守るなんて言えないのかもしれない
これから来る遠い遠い未来が、どうなるかなんてわからない

だけど焦ることなく
長い冬を越えて、何度も花をつける桜の木のように
固い殻を破って、空に伸びる新芽のように

僕も、前を見て伸びて伸びて

そして―――


さくらいろヒーロー


そして、いつか―――

あなただけのヒーローになれますように



「僕、今とても幸せです」

きっと今、僕は上手に笑えてるはずだ


writer 美澄



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