小説 | ナノ


 さくらいろヒーロー


ちゃんと、笑えてる?


その意味を確かめるように、何度も心の中で繰り返す

あれだけ厳しい訓練の毎日を越えて
あれだけ憧れたSPになることができたのに
僕の心の中はどうしようもない不安だらけで、そんな自分が情けなくて仕方無くて、それでも弱音だけは吐きたくなくて、ひっそり息を止めていた
我慢していた溜息が思わず漏れて、僕は鏡に映る自分の姿から目を逸らすことしかできなかった

『真壁、よう頑張ったなー』
そう言って桃田部長から直接手渡された辞令の重みも
『これからよろしく頼むな』
固く手を握ってくれた桂木さんの掌の温かさも
『やったなー!おめでとう!憲太!』
驚くくらい大きな声で喜んでくれた先輩の声も
今でも昨日の事のように、思い出す事ができるけれど、その時、僕は笑えていたんだろうか
ちゃんと、笑えていたんだろうか


「焦る必要なんてないの。あなたはあなたらしく笑えるように生きたらいい」

一滴の水が、全身を満たしていくような感覚に襲われた

一瞬前までの自分をただのひと欠片も否定することのないキラキラとした光みたいな言葉が、静かに不安の影を消していく

「ほら、前向いて笑って?」

言われるままに前を向けば、そこには今までと違う自分が座っていた


「かっこいいヒーローの出来上がり」

目を見張ったままの僕の少し明るくなった髪をくしゃりと撫でて、吉乃さんは笑った



それから
僕は何度となくこのお店に足を運んでいる

髪を切ってもらうのと
少しだけ勇気と自信を分けてもらうために


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