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 さくらいろヒーロー

「いらっしゃいませ。そらくんから聞いてるわ」

出迎えてくれたのは、すらりと背の高い女性
吉乃、と名乗ったその美容師さんは、細身のデニムとシンプルなTシャツが良く似合う、例えて言うなら、大空に向かって伸びる樹みたいな、そんな人だった

「あ、こ、こんにちは」
「そんなに緊張しないで?」
「すいません・・・」

それまでの僕と言えば、家の近くの床屋さんにしか行ったことがなかったし、髪型だって社会人になった時・・・いや、学生の頃から大して変ってもいなかったし、とにかくオシャレとかそういうものに本当に無頓着だったから、誰かの紹介なんて事がなければ、もしかしたらずっと縁の無かった場所だったかもしれない
そんなわけで、初めてここに来た時の僕は口の中がカラカラで上手く喋れなくなるほど緊張していたんだ

鏡の前で固まったままの僕を見て、吉乃さんは笑った


「大丈夫。ちゃんと男前にしてあげる」


鏡越しに僕を見たのは、とても自信に満ち溢れた、強い目だった


シャキシャキ、という小気味良いハサミの音が
ゆったりと流れるBGMに重なる
緊張した首の周りに、足元に、見慣れた黒い髪が乾いた音を立てて落ちていく

「憲太くんはさ、どんなSPになりたいの?」

後ろ側から急に掛けられた声に、顔を上げた
強い目と、真っ直ぐな問いかけが鏡に反射して、答えに詰まった

「どんな・・・、ですか?」

いつだって最前線で身体を張っている、憧れの人たちの姿を思い浮かべた
緊張と戦っている時の横顔や、大きな責任を背負っている背中、人知れず傷だらけになっている手、それから
何があっても折れることのない、強い強い、気持ち

そのどれもが遠い憧れのまま、いつまでも自分には届かないように思えて、僕は曖昧に笑った

「強い、SP・・・ですかね?」

「・・・強い、か」

吉乃さんは動かしていた手を少しだけ止めて、天井を見上げた


「もし、私なら・・・強い人より、弱い人に守って欲しいかな」


「え・・・?」

思いもよらない言葉が降ってきて、思わず振り返る
急に後ろを向いた僕の頭を、危ないから、と優しく諭すように前を向かせてから、吉乃さんは続けた

「自分って弱いなって思ってる人って、ちゃんと自分と向き合えてる人だと思うの。向き合って、立ち止まって悩んで、それでも弱いままの自分で進むしかなくて、どんどん自信がなくなっていく」

その通りだと思った

ヒーローに憧れた、強い人になりたかった
でもいつだってその姿は遠くて、近付きたくて、がむしゃらに追いかけてここまでやってきたけれど

だけど、強さに憧れていた自分は間違いだったんだろうか


「でもね、そのままで良いんだと思うの」

「強く、ならなくても、ですか?」


「強さはね、ほんの少しでいいの。かっこいいヒーローは笑顔でいなくちゃ。今の憲太くんは、どう?ちゃんと笑えてる?」



ちゃんと、笑えてる―――?

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