小説 | ナノ


 さくらいろヒーロー


この桜並木の下を歩くのは、何度目の事だろう

駅から伸びる川沿いの道に並ぶカフェから漂ってくるコーヒーの香りが、鼻の先を掠めてやわらかな雲を抱えた空へと昇っていく
弾けそうに膨らんだ桜の蕾をたくさんつけた枝から零れる木漏れ日の温かさを感じながら、慣れた足取りで目的地までの道を歩いた

僕がSPになった時に、そらさんが紹介してくれたお店―――目的地の美容院は、その道沿いにあった

綺麗に磨かれたガラスの製の大きなドアを開けて、その中に足を踏み入れる
落ち着いた雰囲気の店内から、笑顔の美容師さんがいつものように僕を出迎えてくれた

「しばらく見ないうちに、また男前になったんじゃない?」
「そんなことないですよ」
「あーあ、自覚症状ないってのも、困ったもんね」
「ええ?そんな大きい溜息つきます?」

冗談混じりの会話を交わしながら、陽の光が差し込む店内へと歩いていく
僕もこのお店のお馴染さんになったな、という感じだ
カウンターの上の小さなブーケが春らしい色だな、と思うのと同時に、肩の力が抜けている事に気付く
最初ここに来た時の異常なまでの緊張を思い出して、少し苦笑いが込み上げた


僕が始めてこの店に来たのは、三年前の春

やっぱり今日と同じように、風が少し温かくなってきた頃だった


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