小説 | ナノ


 雨宿り的恋心

静かに肌の上を流れ落ちていくそれを目で追いながら、思う


私たちの最初の出逢いが、違う形だったら

消してしまいたいほどの
冷たく残酷な出来事の延長線上で出逢っていなかったら
もっと普通に笑い合うことができるのに

動きの鈍くなった錆だらけの気持ちを必死で動かそうと、奥の歯を噛みしめる


「・・・どこかで、雨宿り、しませんか?」


考えるより先に流れ出てしまった雨音よりも小さな声が、強い雨音に消されていく
まずいと思って慌てて口を噤んだ私を国府田さんは一瞬目を丸くして見て、そして、やんわりと私の手を押し戻した
けれどもその掌から、ためらいの感触が伝わったような気がしたのは、気のせい、だっただろうか

「それって、逆ナンってやつ?」

くすくす笑う笑顔の温かさとは逆に、間近にあった体温がゆっくり離れていく
二人の間に湿った雑音が流れ込んで、少しだけ近付いた距離が遠くに流されてしまいそうで、繋ぎ止めるための言い訳を探した

「いや、その、髪濡れてるし、風邪ひいちゃうかな、と思って・・・」

「ていうかさ、キミって誰にでも優しいよね。誰かにトクベツ愛されてるから、かな」

笑いながら言った言葉の中に、何かがトゲみたいに引っかかった気がした

近付こうとするものをわざと遠ざけるような
差し伸べようとした手への警戒心のような、何か

その正体を知ることができれば、もう少し近付けるのかもしれない
決して触れることはできない雲のような感情に


「誰にでも・・・って。違いますよ、だってこれから国府田さんは・・・」

その先に続くはずだった言葉は、乾いた笑いにかき消されて、蒸した空気が一瞬動きを止めた


「まさか本気で、オレがアンタたちと仲良くなるとでも思ってんの?」


ひときわ冷めた眼差しが、無防備なままの私の瞳を真っ直ぐに見降ろした
季節に似つかわしくない吹き付ける冷たい雨が、気持ちの温度を奪っていく

不用意に近付けた手を、思い切り咬まれた

そんな気がしていた


「・・・え・・・?」

聞き返した私を嘲笑うように短く鼻で笑って、さっきまで触れていた長い指が濡れた髪を掻き上げる

「バカだね。なるわけないじゃん。オレは誰にでもシッポ振るような飼い犬になんか、ならない」

盛大に吐かれた溜息と一緒に乱暴に撫で付けられる髪を
ひとり取り残された感情のまま、ただ見ていた

「・・・一度飼われた犬は、もうひとりでは生きられない。愛が無いと生きていけなくなる」

さっきと同じように視線を投げた横顔は、さっきよりも遠くなってしまった気がした

何も映さない瞳が、翳る

「オレは・・・愛情なんていらない。いくらでも代替えできる野良犬のまま・・・」

遠くの喧騒と、蒼く茂った街路樹の葉から落ちる滴が地面を叩く音のせいで、最後の言葉は聞き取れなかった


「“トクベツな人”はこれ以上こっちに近づかない方がいい。・・・じゃあね、時子サン」


ふと、笑って、
今までの会話なんて何もなかったかのように
映える金色の髪が蛍みたいに、雨に煙る灰色の街、行き交う人の波に消えていく

最後に呼ばれた名前
その音が雑音に重なり消えていく間際に、もう一度名前を呼ばれて振り返る

「時子ちゃん!!遅れちゃって、ごめん!!」
「!!・・・そらさん!!」

ぴょこん、と跳ねるように現れたそらさんが、少し上目遣いに私を見る
その姿はまるで

しっぽを振る、濡れた仔犬みたいで

私は苦い笑いを小さく吐き出した

「あれ?どうしたの?・・・あ、まさか誰かにナンパされちゃった?」
「いえ・・・、少し、そらさんに似た迷い犬を見かけただけです」
「そっか、ナンパじゃないんだ・・・って・・・え?ちょ・・・!!オレに似た犬ってどういうこと!?」

「雨、止まないですね」

「こらー、誤魔化すなー」


笑い合いながら
それでも私の視線は人混みに消えた金色の髪を探していた


雨宿り的恋心


それは夏の手前
私に訪れた刹那的な恋心

この雨が過ぎれば
きっと消えてしまう想いなんだと、

そう自分に言い聞かせた

writer 美澄


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