小説 | ナノ


 白ノ随ニ見ル夢ハ

あの日、雪が降っていなかったら

あの日、自分が風邪などひいていなかったら

あの日、自分もこの世界から消えていたとしたら

おぼろげな記憶の隙間を縫うようにして込み上げてくる、負の感情を押し殺すように、固く固く目を閉じた
心の中で問い続けたあの日の出来事に、明確な答えなどあるはずもなく、繰り返せば繰り返した分だけそれは、肩の上に冷たく重く圧し掛かった

懸命に一人歩いていく日々のなかで、いつしかその重さは、自分の中で当たり前になった

当たり前になったその重さを振り払うことなく、飛ぶように過ぎる日常を走り続けてこられたのは、圧し掛かる重さで揺らいでしまう感情を捨ててきたからだ
いつも背後に付きまとう弱い自分を捨ててきたからだ

故郷と呼ばれる、あの場所に


その証拠に、冷えた頬の上を温かな涙が流れることは無かった
代わりに閉じた瞼の裏に、あの日遠ざかった大きな二つの背中が浮かぶ

手を伸ばしたら

追いかけたら

こちらを振り返ってくれるだろうか

遠い記憶の片隅にある穏やかな笑顔で


次第に冷えて無くなっていく頬の感覚を自覚しながら、そんな事を思った



「秀樹・・・っ!!お前、何やってんだ、こんな所で!!」


聞き憶えのある声が響いて目を開ければ、ゆっくりと投げた視線の先に幼馴染の姿が見えた
現実に引き戻されていく感覚が、何故かひどく苦しくて、息を継ぐようにその名を呼んだ

「裕介・・・」

その声に慌てたのか、裕介は手に持っていた傘をその場に放り投げると、俺の身体に積った雪をバタバタと払っていく


まるで母親がそうするかのように


「ったく、なかなか帰ってこないから心配し・・・」
「・・・雪を・・・」

絞り出した声が、静寂の中に響いて、忙しない手が動きを止めた

「え?」

「雪を見て、いた」


一瞬だけ、息を止める音が聞こえた

そして、少しの間、雪の降り続く暗い空を見上げた後、そうか、と呟くようにそう言って、裕介は落した傘を俺の前に差し出した


「・・・よく、ここまで歩いてきたな」


裕介は笑っていた

少し苦しそうな歪んだ笑顔に、何故だかまだ胸が苦しくなって空に向けてひとつ大きな息を吐き出した

白い息がゆらゆらと、冷たく暗い空気に、吸い込まれて、いく


裕介がどんなつもりで言ったのかは、わからない
けれどたくさんの意味が含まれているであろう、その一言が
今まで肩に積ったものの重さを、軽くしてくれたような気がして
此処まで続いた足跡を、きちんと見届けてくれているような気がして
俺はもう一度、今来た道を振り返った


時間は降り積もる

この雪と同じように

歩いていようと、止まっていようと
平等に誰の肩の上にも冷たく積っていく
そして積った時間の中に、残してきたものは存在する

近くの足跡も、遠くの過去も
確かに存在し続ける

白く積った過去に埋もれて見えなくなっていたとしても
否定も肯定もすることのない時間の中に、消えることなく

それは確かに存在し続けるのだ



「行こう、秀樹」

「ああ・・・」

その声に促されるようにして暗い雪道を、また、歩き出した
埋もれてしまいそうな雪に、ひとつ、またひとつ、足跡を残しながら


冬は嫌いだ

人も街も、何もかもが色褪せて見えるから

けれどもその色褪せた景色の中に

大きな二つの背中が

並んだ三つの足跡が見えるのなら


ほんの少しだけ

春の雪解けの音が先であって欲しいと、そう思った









白ノ随ニ見ル夢ハ

時ニ アヤナシモノナレド

拙キ我ニハ

然ナガラ 息ヲ延ブモノ也




あやなし=訳が分からない

つたない=愚かな

息を延ぶ=安心する


writer 美澄



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