小説 | ナノ


 白ノ随ニ見ル夢ハ

東京に雪が降った

聞けば何十年かぶりの異常気象らしい

夕方から降り始めた雪が黒いアスファルトを覆い始めた頃に、今日はひとまず仕事を終えた
足早に帰宅の途に就く人波に流されながら、ふと故郷を思う

仕事が早く終わった時くらい顔を出せ、と煩く言っていた幼馴染の声が、遠くのクラクションの音に重なって消えた

そういえば、いつから帰っていないのだろう

直ぐに帰れる距離でありながらそうそうに足を運ばないのは、仕事の所為と、それから―――


弱い自分を置いてきた場所だから


脳裏によぎった思いを飲み込むようにコートの襟を正せば、寄せた袖口に落ちたひとひらの雪

吐き出した溜息で小さな滴に変わってしまったそれを振り払いながら取りだした携帯電話の向こう側に一言、今から帰ると告げて、俺は故郷に向かう電車に乗った

揺られる人の間から見える窓の外を、高層ビルの光と共に雪が流れ飛んでいく
短い駅間で温められた空気がドアの開閉で押し出されて冷える
それがいちいち不快に思えて思わず顔を顰めた


冬は嫌いだ

人も街も、何もかもが色褪せて見えるから

次第に冷えていく指先の寂しさを

当て所無く吐き出された白い息の向かう先を

俺は、知っているから




最寄りの駅にはタクシー待ちの行列が出来ていた
雪には弱い都内の交通の事だ
しばらく車は来ないに違いない
その証拠に、深々と降る雪の音が聞こえる程、駅前は静かだった

寒さに身を縮ませる長い列を横目で見ながら、歩き出す
せめて傘くらい持ってくれば良かったと思っても、時は既に遅く、予想した以上に強まった雪が、まるで嘲笑うかのように容赦なく急ぐ足の先に降り積もっていく

引き返す、という考えは全く頭に浮かばなかった

いつもより蒼い夜道を、文字通り、一心不乱にひたすら前へと進んだけれど、少しも前に進んでいないような気がして今来た道を振り返る

強い風の中に見えたものは、此処まで連れてきた己の足跡

見る間に浅くなり景色に溶け込んでいくその様が、どうにも遣る瀬なくて一人、大きな溜息を吐きだした

吐き出された息の先、降り落ちる雪に光を与えている街灯の光がとても綺麗で、吸い寄せられるようにその場に立ち、上へ上へと昇っていく白い息を目で追った


深い蒼黒の空から無限に落ちる雪が、肩に、頬に、積っていく


音も無く、ただ積っていく




両親が天に召されたあの日も、雪が降っていた

高熱と衝撃で朦朧とした視界に飛び込んできたテールランプの赤だけが、やたらと鮮やかで

それ以外のものは全て雪と同じように、白く、そして冷たかった


雪の降りしきる道も

病院の天井も、ベッドも


そして



もう動かなくなってしまった、両親の指先も

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