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 青と白の憧れ

見上げれば、抜けるような青。白い雲がゆらゆらとところどころに浮かぶ。コンクリートは太陽の光を受け白く光を反射している。私をすり抜けていくのは湿気を含まない心地よい風。

「……まぶし……」

大型連休は、絶好のお出かけ日和だと、どのチャンネルに合わせてもキャスター達は嬉しそうに笑っていたっけ。まだ春が終わったのだという感覚すらないのに、今日は今年初の夏日を記録していた。

「……暑い………」

半袖を着るには気が引けて、選んだのは白いシンプルなシャツ。自信がないとき、下を向きそうになるとき、なんだか背中が伸びる気がして、私のお気に入りの一枚だった。



「お前の柔らかい雰囲気を際立たせるようで、良く似合ってる」

英司さんが言ってくれたことがある。何度か続けてオーディションで良い結果を得られなくて、自信を無くした時のことだ。それでも半ば自分に強制するように申し込んだ次の挑戦の際、何を着ていこうか迷っていた私に、彼は頑張れ、とか悔いが残らないようにとか、そういったことは何も言わなかった。何も言わなかったけれど、ただ、このシャツを私に差し出した。



「英司さん……」
 
もう一度空を見上げると、何度呟いたかわからないその名前が自然と口をつく。長く続くこの道は、つい1か月前には両脇から溢れるようにピンクが舞っていた。彼のお母さんが好きだったという桜の木。しかし今、花は全て落ち、代わりに埋め尽くしているのは若さと瑞々しさを纏った緑。空からの光を、風で揺れる葉が透かして影を作っている。

「英司さん……今年も、桜は終わりましたよ……」



「桜の季節になれば、会えるかもしれない」

確証のない、それでもそれ以外に手がかりもない。期待とどこかで諦めも混じった感情を抑え込んで、あちこちの名所に足を運んだ。

「……すまない。せっかくの休みなのに」
「何言ってるんですか。私は嬉しいですよ。英司さんとこうやって、何度もお花見できるわけですし」
「………」
「1シーズンにこんなにあちこちの桜が見られるんですよ?……桜は日本人の心ですからね。やっぱりどんな状況であっても心は奪われるんです」
「……時子は、本当にいい女だな」
「は?な、なんですか!急にやめてください」
「日本人の心をわかっているからな」
「………」
「思ったことを言ったまでだ。オレの目はホラ穴じゃなかった」
「……そこはふし穴ですね……」

時には楽しい会話を弾ませながら桜並木を歩いた。

「……クソッ……」
「英司さん、このあとは……せっかくなので上野の方に寄ってみませんか。この間聞いたんです。満開だって」
「……」
「英司さん!」
「……こんなことをしたって無駄だ。確証もない、日本中に桜はある、そもそも生きているかも……」
「英司さん!」
「!」
「英司さん!私たちが信じなくて、誰が信じるんですか!?不毛に見えるかもしれません、でも…やめてしまったら小さな希望すら捨てることになるんですよ?私は諦めません!誰が何と言おうと、お母さんを探します!」
「………どうして……」
「……だって、生きてるかもしれないって、もういないっていうのとは全然違うじゃないですか!」
「…………」
「………私のお母さんでもあるんです……」
「……時子………」

…時には、やり場のない苦しみに満ちた彼を叱咤することもあった。今思えば、母を亡くした私のエゴだったのかもしれない。

そして桜が終わり、若い緑の葉で枝が覆われた頃、私たちは達成できなかった目的に、胸を痛めながら同じ道を歩く。悟られないように、お互いがその棘を隠して。そんな苦い初夏を私たちは何度か並んで歩いてきた。



今年は、ひとりだ。


嫌味なくらい青い空。直視できなくなったのは、そのせいだっただろうか。できなくなると、人間とは憧れが増すようだ。このすがすがしい空を前にすると私は苦さを感じる癖に、そのくせ光を浴びたくなる。

「……あ………」

青い空にひと筋。伸びていく白い雲。

「ひこうき雲……」

私の後ろからあっという間にずっと向こうまでまっすぐ駆けていく。急に胸を襲うのは孤独と、虚無と、焦燥の入り混じったもので。

(行かないで……)

立ち止まったままの私に追いつけるはずもなく、先はぐんぐん伸びて、ぼやけていく。

(置いていかないで…………英司さん………)

寂しさに駆られるように数歩踏み出した私の横を、渇いた風が抜けた。

白シャツの裾は揺れる
(立ち止まったままの私を笑うように)


writer 赤井



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