小説 | ナノ


 小夜啼鳥は愛を乞う

春の陽気に誘われるように悪事が動くもので、毎日山のような仕事に追われて気付けば恋人に会う時間さえ限られてきてしまう。


「…ふぅ」

深い溜め息とともに今日の仕事が終わる。

この1ヶ月広末さんと連絡が付くのは深夜になってからだ。
連絡がついて部屋に行ってみれば、彼から女物のキツイ香水の香りが漂っていることも多いし、本人は気づいてないみたいだけど襟元にファンデーションが付着してることもある。

この不毛な関係に愛想が尽きて他に恋人でもできたのか?
そんな妄想だけが頭を過って仕方ない。

「今日も遅かったですね…」

「…え、あ、うん」

帰宅してからこちらを見ようとしないで、今日も派手な香りが鼻を突く。

「最近ずっとこんな感じですね…顔、疲れてますけど体調悪いです?」

「そんなわけじゃないけど…ちょっと疲れた」

溜め息を漏らしながらネクタイを緩めてソファーにダイブした

「毎日遅いのって……仕事ですか?」

その問いかけにピタリと動きが止まった

「はぁ?当たり前だし」

「その割りに……随分キツイ匂いさせてますね?俺には……飽きちゃいましたか」

広末さんが寝転ぶソファーににじり寄り距離を詰める

浮気を疑うなんてらしくない。
こんな束縛めいた言葉が自分から出るなんて思わなかった……--------

「黒さ……」

「気づいてます?ちょくちょく襟元にファンデーション付けてきてたり女物のキツイ香水の香りさせてきてるって」

「えっ!」

多分、いま自分は恐ろしく醜くて情けない顔を晒してる。

「……」

それでも止まらない嫉妬を飼いならしておけるほど器が大きいわけじゃないし、遊びのつもりもなかった

「えっ……うそ!?!?」

慌てて自分の匂いをかいでる姿に苛立ちを隠せない

「自分じゃわかんないかもしれませんね」

責めるような声色に広末さんが戸惑いをみせる

「黒澤…あの」

「俺に飽きたならそう言ってくれた方がずっと…」

不安そうに見上げる瞳に黒い嫉妬に塗れた自分が映って、益々黒い気持ちが膨れ上がり

「なんで…そんな顔っ」

広末さんの顔の横に思い切り手をついて逃げ場を塞いだ

「あ…の、黒澤っ!!!」

ビクリと身体を強張らせて、不安げな顔をした広末さんの言葉も待たずに立ち上がり玄関に向かって、踵を返す

「すいません…ちょっと俺今は冷静に話せる気がしないので帰りますね」

「まっ…待てよ!黒澤!」

玄関まで追いかけてきて必死にしがみついてくる

「すいません」

それを振り切ってまた、歩き出すと弾かれたような衝撃が背中を襲う

「いっ……たた…」

「…………き、聞けよ!」

背中に抱きついてきてピッタリ顔を付けたまま
ようやく発した声は少しだけ掠れてる


「聞きたく…ないです」

「ちゃんと、ちゃんと話すから!」

「無理ですって」

「黙ってて、ごめん」

聞きたくない

聞きたくない聞きたくない聞きたくない手放したくない

「や…めっ」

「接待!」

「……は?」

「総理って…この時期になるとあっちこっちの議員とかに…呼ばれて…その….女の子のいる店とかも多くて」

「キャバクラ…」

「いや、なんかそうなんだけど高級なとこね」

「はぁ…」

「行きたくないけど仕事だし…海司は今強化合宿でいないし、昴さんも昇級とかで忙しくて…」

ポツリポツリと話し出す内容に呆然としてしまう

「どうしてもこの役回ってくんの早くて」

「それで?」

「え?いや、それだけなんだけど」

なにを、こんな誤解させるまでは秘密にする必要があったのか…

「なんでソレ黙ってたんですか?」

「だっ!だってさ…嫌じゃない?黒澤は例え仕事だったとしても綺麗なお姉さんの店に行ってるだなんて話し」

意味がわからない。

「まあ、良くは思いませんけど……仕事なんだからそれは仕方ないんじゃ…」

「そ、そんなもん?」

「…他に隠してることは?」

「べ、別に」

ないと言う割に動揺が、隠せてない

「なんで俺にそこまでして隠そうとしたんです?」

「……だから…それは」

「それは?」

「黒澤さぁ…前に女子大に潜入して情報集めしてただろ?」

広末さんが総理の娘さんの警護で俺の潜入先の大学で偶然出くわしたやつ……-----

「ありましたね〜そんなこと」

「お前あのときさ……すげー楽しそうに女子大生たちに囲まれてて」

そんなこともあったかな…?その程度のことだ。

「別に楽しんでたわけじゃ」

「そっ!それが…なんか………」

「なんか?」

「………………なんでもない」

真っ赤になって俯いて小さくなる声に俺の顔がにやけて仕方ない

「続き、聞きたいんですけど」

ヤバイ。

声が上ずる。

「………お前、楽しんでない?」

俺を睨む恨めしそうな視線も愛しくて仕方ない

「いや、だってこれ調子に乗っちゃいますって」

「……ニヤニヤしてんじゃねーよ!」

そんな顔で怒ったって嬉しいだけだ。

「つまり、広末さんは女子大生に囲まれた俺に嫉妬して嫌な思いをしたから、今回キャバクラの話は一切しなかったんですね……俺にも、同じ思いをさせないため、に」

「うっ……」

そんな気持ちがあるとは知らずに勝手に嫉妬したり不安になってたのかと思うと自分もまだまだだな、と思うけど。

「もー!なんでそんなに可愛いことするんですか!」

「かっかわ…」

「本当にもう…俺の広末さんはめちゃくちゃ可愛いです…歯止め、もう効きませんからね」

抱きしめた腕に力を込めて閉じ込めた。

こんな、すれ違いが起こらないように、願いをこめて。

広末さんを、二度と不安にさせないように今夜は夜通し愛を語ることにしよう……------。

writer 裕香



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