小春日和
そんなキミを警護する日々の中で、たくさんのことをオレは気付いた。
部活にバイトに習い事に、思ってた以上に普通の学生生活を送るキミの警護は想像以上に大変で。
オレはキライな女装姿での警護ばっかりさせられて。
だけど。
それなのに。
キミはいつでもあったかくて優しい空気でオレに接してくれて。
他人の優しさなんて信じない。
優しいって思うのは哀れみの間違いなんだって、そう思い込んでたオレの心を底のない暗闇からすくいあげてくれたのはいつだってキミで。
この世の中に幸せってのがあるんなら、オレみたいなんでもそれを望んでもいいのかななんて勘違いするくらい、いとも簡単にオレの心を乱すキミを好きだと気付くのは時間の問題だった。
好きって何?
オレがいっつも女の子達に言ってる『キミのこと好きだよ』。
色んな女の子達が言ってくれる『私、そらのこと大好き』。
違う。なんか違う。おんなじ『好き』だけど、あの子に対する気持ちは、なんていうか、よくわかんないな。大切に護りたい、みたいな。警護対象だから護るとかじゃなくて、こう、その、あー!わかんない!ぜんっぜんわかんない!ってか、オレが真面目に好きとか考えるってマジうけるんですけど。
「おまえと彼女では釣り合わない。そら、お前が辛い思いをするだけじゃないか?」
オレ、一応専属SPとして身を呈してあの子庇って大ケガしたりもしたんだけど、その時昴さんに言われたよ。
彼女に惚れてるなんて、一度も誰にも言ったことないのに、バレバレだったんだ。
うん、昴さんの言うこともっともだよね。いくら今まで生き別れてたからって、現総理の令嬢なんだもん。昴さんみたいなバリバリの、家柄も一流のキャリアがお似合いだっつーの。
あー。オレね、施設育ちなの。
さっきも言ったけど、ちっさい時に母親が蒸発してしばらくオヤジと暮らしてたんだけど、オレの6歳の誕生日の前にオヤジは病気で死んじゃって。
それからはずーっと一人ぼっち。
10代の頃はヤンチャばっかりしててさ。でも、その頃警察官になるキッカケになった近所の交番のお巡りがいて、そいつが警視庁に行ったって聞いて、なんとなくそいつの後を追うみたいな感じで今に至るわけ。って言っても、そのお巡りも今は何してんだかわかんないんだけどね。
だから、キミがオレの事を好きだって告白してくれた時は、飛び上がるくらいうれしくてさ。
オレ、マジで浮かれてた。可愛くて素直でまっすぐで、そんな子がオレの彼女なんて信じられないくらいに毎日が幸せだった。
だから、
忘れてたんだ。
自分の生まれや育ちや彼女との身分の違いを。
オレは時子ちゃんに相応しくないって事を。
キミまでの距離がこんなにも遠かったなんて。
こないだ政治家たちがたくさん集まるパーティがあってさ。
彼女も総理のファーストレディ代理で出席するからって、オレと昴さんが警護についたんだ。
その席でさ、ある大臣に、『キミ、総理のお嬢さんの恋人だそうじゃないか?へぇー、キミがね。お嬢さんも物好きだね。ワシはそっちのイケメンSPのほうがお似合いだと思うがね。ま、女にしかわからん良いところがキミにはあるのかもしれんがねぇ』
ニヤニヤいやらしい笑いを浮かべながら、そんなこと言いやがった。
そん時はすっげームカついて、オレらはそんな浅いとこで想いあってんじゃねぇよ!オレはともかく、時子ちゃんに失礼な事言うなよ!って思ってた。マジで言ってやろうかと思ったけど、あくまで仕事中だし何より一緒にいる時子ちゃんに恥かかせたくなかったから我慢した。
でもさ。
その時オレの心に一滴落ちた黒い染みはどんどん広がってって。
ああそうか。やっぱりオレなんかが総理のお嬢様とつきあうなんてありえないんだ。
オレ、これからもずーっと時子ちゃんと一緒にいたい、傍にいてほしいって勇気出して言ったら、時子ちゃんもはにかみながら、『はい。私もずーっとそらさんと一緒じゃないと困ります。絶対に離れないでくださいね!』って言ってくれたんだ。
オレ、マジでうれしかった。オレなんかでも、ちゃんと人に必要とされるんだって。
だから、いつか総理にも、『時子ちゃんをください。一生幸せにするって誓います』なんて言おうと思ってた。
時子ちゃんのいない人生なんて、考えられないって思ってた。
でも、やっぱり無理なんだ。
いくら本気で好きだって思っても、結局オレなんかと一緒にいたら時子ちゃんは幸せになれない。
今は『そらさん大好きですよ』『絶対離れませんよ?』なんて可愛い事言ってくれたりするけど。
オレは、時子ちゃんと一緒にいちゃいけない人間なんだ。
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