その笑顔、要注意


catered by みほ





息苦しささえ感じる昼下がり。

暑さにうんざりしながら誠二が歩いていると、
通り添いのカフェに見知った顔がいるのが見えた。



平泉総理の愛娘、郁美だった。

日頃彼の上司が「お祭りSP」と呼ぶ桂木班の面々にすら取りつくしまもない受け答えをする郁美に、
誠二は強く興味があるのだ。

誠二は吸い寄せられるようにカフェに入る。

案内しようと近寄った店員を断り、
わざと気配を消して郁美に近付いた。

誠二「おい。」

…反応なし。

誠二「何してんだ、あんた。」

ようやく顔を上げた郁美は、無表情で後藤を見つめる。

誠二「総理の娘がこんなガラス張りの窓際に、しかも1人で何やってる?SPはどうした?」

郁美「今は狙われてません。後藤さんこそ、油売ってたら石神さんの取調べ受けることになりますよ?」

再び手にした教科書に視線を落としたまま、
淡々と郁美は答えた。

彼女の言葉には“愛想”というものは微塵もない。

彼女のどこにお祭りSP班が惹かれているのか。



興味本位と暑さに負けて、
誠二は郁美の真正面の席に腰を下ろした。

「そこに座った理由は何ですか?」

「俺は非番で客だ。それと無口なご令嬢の警護」

「頼んでませんが?」

「下世話な関心だが、一柳はお前のどこに惚れたのかも気になってな」



「本当に下世話です」



そう答える郁美だが、

うっすら頬を赤らめている。



どうやら彼女の恋人である昴に関して触れると女性らしい表情が伺えるようだ。



ふっと誠二が笑うと、

じろりと郁美が睨み付けてくる。



彼女の視線を感じながら、

アイスコーヒーをオーダーする。



その様子を見て、

郁美は再び視線を教科書へ落とした。



「今日の予定は?」



「もう少し確認が終わったら帰ります。実験明けですから」



「実験?」



「卒論実験。これでも理系なんで」



「へえ。専門は?」



「微生物です。正しくは微生物の作り出す生成物についてですけど」



…色白で理論的な返答が返ってくるのはそれが理由か。



「確認はもう終わるのか?」



「私が納得出来るまで」



それから返答はない。



誠二はじっと待っていた。



仕事柄、待つことには慣れている。



色白で小さな顔を眺めながらのんびりと待つ。



仕事中にはないのどかな感覚だ。



意思の強そうな瞳を伏せて教科書の文字を追っている彼女から返事が来るまで、

そのまま誠二は待ち続けた。











30分程経過した頃、

ようやく郁美が顔を上げた。



「終わりました」



「送っていく」



無言で見つめ返してくる郁美だが、

その視線に拒否の色はない。



郁美の分の伝票も取り、

誠二は2人で店を後にした。



じりじりと照りつける太陽の下、

二人で通りを歩いていく。



予想通りではあるが、

無言のまま。



ふと、郁美が立ち止まる。



「どうした?」



「ここ、寄ってもいいですか?」



指差す先には、

骨董品店と思しき店がある。



誠二に異論はなく、

答えの代わりに店に歩を進めた。



カランコロン、

というレトロなベル音を立ててドアを押し開く。



「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」



店員にそう声を掛けられ、

二人はゆっくりと店内に足を踏み入れた。



そこは予想通りの骨董品店。

誠二の目からみても懐かしいと感じる物や使い方すらわからない物まで、

店内にはところ狭しと商品が置かれている。



「お前、骨董好きだったのか?」



誠二の問いには答えず郁美は真っ直ぐ奥に進んでいく。



そしてある棚の前で立ち止まった。



その棚には今は使われていないであろう薬瓶が大量に並んでいる。



その中から、

郁美は琥珀色の薬瓶を手に取った。



「ディスプレイされてたのが欲しくなったんです」



そう答えながら誠二の方へ振り返った。



その顔に誠二は息を飲む。



…あの無表情はどこにいったのだろう。



今誠二に振り返った彼女は、

可憐な花が開いたような愛らしさで微笑んでいた。



無愛想、無表情、鉄面皮。

そんな言葉しか当てはまらなかったはず。



琥珀色の薬瓶を手に持った彼女は、

不覚にも誠二には誰よりも可愛らしく愛おしく感じていた。



「後藤さん?」



はっと我に返る誠二を郁美が見上げてる。



見惚れていたことをごまかすように誠二は質問した。



「あんた、薬瓶なんて買ってどうするんだ?」



郁美は再び可愛らしい満面の笑みを浮かべながらこう答えた。



「家に飾ります。小学生の時に科学館で見た実験でこの薬瓶を使ってたんです。それから、理科が大好きになって。その中で微生物が好きだったので、大学も今のところにしました」



薬瓶をさらに吟味する郁美を見つめ、

誠二は口元を手で隠しながらつぶやいていた。



「あの笑顔はやばい…」



昴が何故彼女を選んだのか、

今はどうでもよくなっていた。

ただ、

自分の中に芽生えてしまった思いに動揺する誠二がいた。



END



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