思い出を引き継いで


catered by みほ



俺の仕事は引越屋の営業。

今日は訪問見積り。

都内の引っ越し、
一人暮らしならば荷物の量はそれほどではないだろう。

聞いていた住所に間違いがないか確認し、
目的の階へ上がる。

チャイムを鳴らすと、
やたらとイケメンが顔を覗かせたから驚く。

申込者は女性だったからだ。

「あ、えっと、庵手郁美様のお宅でしょうか?」

「あんたは?」

「○×引越屋の山本と申します。本日はお見積もりに伺いました」

「ああ。今日はよろしく」



イケメンから鋭い眼光で睨まれたが、

どうやら不審者か警戒していただけのようだ。

その後は自信家らしい態度ではあるが言葉遣いが普通になる。



「事前に伝えてある通り、家電一式が不要なんでそちらは処分をお願いしたい」



もちろんそれはこちらも了解済み。

答えようとすると女性が玄関に出てきたのが見えた。



「すいません、庵手です。今日はよろしくお願いします」



こちらが申込者本人と。

…じゃ、このイケメンは何者だ?

庵手さんとは親しげな感じがするから、

無関係な人ではなさそうだな。



そう思いながら自分の名刺を取り出し自己紹介してから、

どんなプランにするか希望を聞いていく。

部屋を簡単に見る許可をもらい、

家電以外の荷物を確認していた。



その時目に入ったのは古めかしい木製のブックシェルフ。

アンティーク家具だろうか。

念のため確認する。



「こちらのブックシェルフはいかが致しますか?」



「これは大切なものなので慎重に運んで下さい」



「おい、新しいのも買えるぞ」



イケメンが言うと庵手さんは首を横に振った。

そしてじっとイケメンを見つめている。

ほんの数秒見つめ合い、

イケメンが溜息をついた。



「母親の形見らしいんで、傷とかつかないよう慎重に頼む」



「かしこまりました!」



見積書に注意書きとして記入しておく。



その後は特に取り扱いを慎重にするものはなく、

さっそく金額を弾き出していく。

俺が見積書と電卓に向き合っている時に、

ふと二人の会話が耳に入ってきた。



「あのブックシェルフ、相当古いもんだろ?」



「お父さんとお母さんが、骨董品屋さんで気に入ったものだそうです。お父さんとは離れちゃったけど、二人で探した思い出を忘れないようにって」



「ふーん。総…お義父さんも嬉しいだろうな」



「はい。このブックシェルフ使ってる事お父さんに言ったら、喜びすぎて泣かれました」



「…お前、そういうことはもう少し嬉しそうに話せよ」



「嬉しいですよ。私もお母さんを身近に感じて使ってましたから」



見積書から視線をブックシェルフに向けると、

確かに大切に使い込まれている。

学術的な本から文庫本までが綺麗に分類され、

きっちりと収められていた。

表情の変化に乏しい女性だが、

嬉しいと感じている事に間違いはなさそうだ。



「そういうの、いいですね…」



気が付くとそう口にしていた。

イケメンと庵手さんがこちらを振り返る。



慌てて口を挟んだことを詫びると、

気にするなとイケメンが笑った。

庵手さんはブックシェルフの側へ行き、

小さな傷を指でなぞりながら微笑んだ。



その笑顔は、

あまりにも無防備で綺麗過ぎて。

俺はお客様のプライベートに脚を突っ込んでしまったような気がして。



…不自然なほど急いで自分の仕事に戻ったのだった。



金額を伝えると、

そのまま依頼して頂けることになった。





それから約三週間後。

庵手さんの引越しは無事完了した。



俺は現場にいなかったので作業員に聞いたところ、

引越し先はあのイケメンの自宅だったそうだ。

とんでもなく高級なマンションだったので作業員も緊張したと言っていた。

イケメンは婚約者だったらしい。



そしてもちろん、

あのブックシェルフは慎重に。

傷ひとつなく。

イケメン宅の一室に据えられたそうだ。



これからまた小さな傷とまぶしいまでの思い出が、

あのブックシェルフに受け継がれてゆくのだろう。



なんだか、

羨ましくなった。



さあ、今日も元気に仕事頑張ろうっと!

そう思えた俺だった。



End



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