込めた願いと想い


ビルが少なくなり、田園風景が広がる。見慣れた光景がどんどん近付いて来る。
「本当に何もないんだな」
「もしかして、バカにしてる?」
「してねえよ。野生児が住むにはちょうどいいと思っただけ」
「やっぱりバカにしてるじゃない。野生児って…」
「だってそうだったろ。ガキの郁美はいっつも走り回ってて」
海司が笑いながら話す。私はそうだったけどと思いながら頬を膨らませていた。
やがて、おばあちゃん家が見えて来た。おばあちゃんは外で野菜の世話をしていたけれど、車の音に気付いて顔を上げた。私が手を振ると驚き、そして笑顔になった。
「おばあちゃん、ただいま!」
「郁美、おかえり!」
久し振りに会ったおばあちゃんは相変わらず元気だった。ほっとした私はおばあちゃんに海司を紹介した。
「おばあちゃん、彼が海司」
「初めまして、秋月です」
「まあまあ、ようこそ。郁美の祖母です」
玄関先で2人が頭を下げる。おばあちゃんは海司を見上げた後、クスクスと笑い出した。不思議そうな顔で海司が見ていると
「ごめんなさいね。昔、郁美が言っていた男の子が、こうして郁美の旦那さんとして来たんだなと思ったら…不思議な気分だわ」
「え…俺の事、話していたんですか?」
「ええ。近所に住んでいた、海司って言う男の子によくイジワルされてた、ってね」
おばあちゃんの言葉に海司の顔が真っ赤になった。
「イジワルされてたけど、困っていたら助けてくれた、とも話してたわ。いつも傍にいて守ってくれた、とも」
柔らかく笑ったおばあちゃんが、私と海司を見た。
「ガキだったので、どうしてもイジワルしてしまって…。でも、あの時から大切な人でした」
海司が照れ臭そうに笑いながらおばあちゃんに言うと、そうだったのと微笑んだ。
「ここで立ち話も何ですから、どうぞ中へ。郁美、お茶の準備をしてちょうだい」
「うん」
「おじゃまします」
おばあちゃんが家の中へと誘う。私たちは頷くと靴を脱いだ。



懐かしい思い出話をしては、おばあちゃんが笑い、海司が顔を赤くした。私も2人から暴露されて、とても賑やかな夕食となった。
海司と2人で食器を洗って片付けていると、おばあちゃんが後ろから見ていた。
「おばあちゃん、どうかした?」
「ううん、何だか新婚さんみたいだなと思ってね」
「っ!も、もう、おばあちゃんったら」
笑うおばあちゃんに赤くなりながら言うと、海司も照れていた。
「お前のばあちゃん、ストレートに言って来るよな」
「うん…思った事を言うタイプだからね」
アハハ、と困ったように笑っていると、おばあちゃんが私たちを呼んだ。
「郁美、これ」
呼ばれて座ると、おばあちゃんは小さな箱をテーブルに置いた。
「これは?」
「洋子から郁美へ渡してほしいと頼まれていた物だよ」
「え!?お母さんから!?」
驚いておばあちゃんを見ると、こくんと頷いた。
「開けてみろよ」
「う、うん…」
海司に言われ、私は恐る恐る箱を開けてみた。
中には少し色あせた封筒と、美しいカメオのブローチが入っていた。
封筒の表には『郁美へ』とお母さんの字で書かれていた。

『郁美、結婚おめでとう。素敵な人と出会えたのね。
残念ながら母さんは、郁美のウエディングドレスを見る事はできないけれど、空の上からお祝いしているからね。

そのブローチは、母さんが昔、お父さんから頂いた物なの。とても大事な思い出が詰まったブローチなのよ。
郁美には何も残してあげられなかったから、このブローチをあげるわね。
母さんと、お父さんが、郁美を守っている。辛くなったり、悲しくなったりしたらブローチを見て。

私たちは事情があって一緒に暮らす事は叶わなかったけれど、とても幸せだった。
お父さんと出会い、貴女がお腹に宿り、私たちに喜びと幸せを運んで来てくれた。
郁美、貴女がいてくれたから、私は本当に幸せな人生を過ごせた。

郁美、貴女も幸せになってね。
遠い空の国から見守っているからね。』

読んでいるうちに涙が零れた。海司がそっと私の肩に手を置いた。


覚えている。お母さんは大事な日や特別な日には、このブローチを付けていた。
子供ながらに綺麗なブローチだと見ていたけれど、お父さんとの思い出の品だとは知らなかった。


「亡くなる少し前にね、洋子から頼まれていたの。郁美が成長して、結婚する時にこれを渡してほしい、って。あの時、洋子は覚悟をしていたんだね…縁起でもない事を言うなと怒ったんだけど、洋子は悲しそうに笑っただけだった」
おばあちゃんが悲しそうに微笑み、ブローチを見た。

お母さんは病気で長い間、入退院を繰り返していた。
私は学校が終わると病室へ行き、そこで今日起きた出来事を話していた。
もう長くはないと悟ったお母さんは、おばあちゃんに託していたんだ…。

「海司君」
「はい」
おばあちゃんが海司を見ていた。背筋を伸ばした海司が返事をする。
「洋子が伝えてと言ってたから、伝えるわね。…どうか郁美を、娘を、幸せにしてあげて下さいね」
「はい。必ず幸せにします」
まっすぐおばあちゃんを見た海司がはっきりと澱みない声で言う。おばあちゃんは安心したように微笑んだ。
「ありがとう、海司君。郁美、ちゃんと海司君と一緒に、手を携えて歩くんだよ」
「うん…!」
涙を拭いながら私は大きく頷いた。





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