catered by いー









「…ちょっと煙草吸ってくる」


ベッドから体を起こしながら、昴さんが言う。

私は離れていく手を少しだけ淋しく思いながら『うん』と呟いた。


私は俯せのまま、薄暗い中、昴さんが服を纏う姿を黙って眺める。


羽織っただけのシャツのポケットには、昴さんの煙草と携帯…




(煙草と…電話も、か)


小さく音を立てて、ベランダに続く窓が開く。




この辺の夜は綺麗な闇を作ってくれない。

昴さんがベランダの手すりに肘で寄りかかる後ろ姿が、ベッドの私からもよく見える。



手元で小さく灯りがともると、昴さんの背中が脱力するように緩んだ。


その内、携帯電話の人工的な光がぼんやりと浮かぶ。




私は少しだけ目をそらして、昴さんの手元で光る煙草の火を見ていた。





電話の相手は、彼の婚約者だろう。


じゃあ私は何?と聞かれても、本人でもわからない。


正しい呼び名としては"警護対象の総理の娘とSP"なんだと思う。







「…なんかお前って、かまいたくなるよ」




昴さんがそう言って、困ったように微笑んだ日、初めて私達は夜を過ごした。


彼に婚約者が居るのも知っていた。


「…………」


我ながら不毛だと思う。

頭ではそうわかってる。


わかっていても私は昴さんの強い瞳に、焦がれて、惹かれて、逆らう事なんて頭に浮かばなかった。


頭でわかりながら心が拒めないまま、それから何度も私は昴さんとの夜に身を投げた。





やがて昴さんがポケットから携帯灰皿を出して、煙草を消した。


思いの外、電話は長くて再び小さな炎が揺らいだ。



熱を持った煙草の先が、まるで赤い蛍のようで私は無性に泣きたくなった。




私は枕に顔をうずめながら、いつかのやり取りを思い出す。





「部屋に煙草の匂いがつくから」


そう言ってベランダに出ようとする昴さん。



『…別に大丈夫ですよ、換気扇の下とかなら…』


「ばぁか、お前が思ってるより煙草の匂いって残るんだよ」



笑いながら私の頭を撫でる。



『いいのに…』


煙草の匂いが鼻をかすめるたびに、きっと昴さんを思い出す。

だから、いいのに。



「…ははっ、お前は本当可愛いな」





――昴さんの言った通り、煙草の匂いはうっすらと部屋に残り続け、私は思い出しては何度も泣きたくなった。






(どうしてだろうな…)



どうして婚約者の前に出会えなかったんだろう。


どうして不毛だと知りながら、この関係を続けるんだろう。




(どうして……)




…どうして自分の気持ちを実感すればするほど、隠したくなるんだろう。






「……………」




昴さんがベランダに出ると、これでもう数分一緒にいられるんだって、密かに嬉しかった。


でも同時に、煙草の火を見ると無性に悲しくもなる。





一時のことと知りながら、身を焦がす赤い蛍。


あなたに燃やされ、いつかその手で消されるのを待ってる。




(なんか私みたいだ…)








「何だよ、もう寝たのか?」


いつの間にか部屋に戻った昴さんが、私の頭を撫でた。



『ううん…寝てませんよ』


私は顔を上げて、隣に横たわろうとする昴さんを見上げる。



「悪いな、結構長引いた」


微かに残る煙草の匂いに、私の胸はじんわりと締め付けられる。



「……………」


昴さんは何も言わずにただ私を見つめる。

私も言葉が浮かばないまま昴さんの瞳を見ていた。




「…何、考えてた?」

『…………っ』



すべてを見透かすような強い瞳が私を捕らえた。




『あ…あの…』



言ってしまおうか



―あなたが好きです



私は、あなたが好きです…





『あの、灰皿…買おうかなって』


作り笑顔を浮かべたものの、昴さんは訝しげに眉を寄せた。



「灰皿?」

『携帯灰皿じゃ大変かな…なんて…』


誤魔化すために言った言葉ですら答えがわかりきっていて、自分で自分が嫌になる。



昴さんは呆れたように笑った。



「いらねーよ、灰皿なんて」

『…………』


予想通りの返事に、私の胸は素直に痛んだ。


"ずっとここにいるわけじゃない"


そう言われてる気がした。



自分の気持ちが募れば募るほど隠したくなる。

明らかにしたその先に待っているものがわかるから。


思い切って一歩踏み出せば、その先に見えるのはきっと泣きたくなるような暗闇なんだろう。



『そう、ですよね…』


私は昴さんから視線を視線を外しながら小さく笑った。



「煙草止める」

『…え?』

「だから灰皿なんていらない」


そう言うと昴さんは私のおでこに自分のおでこをコツンと合わせた。




『……ん…っ』


そのままゆっくりと唇を重ねる。



唇を離しながら昴さんが呟いた。




「…恋に焦がれて鳴く蝉よりも」

『…………』



昴さんは優しく目を細めながら続ける。



「鳴かぬ蛍が身を焦がす…って知ってるか?」

『…………』



そのまま私を抱き寄せると、長い指が私の髪をかき混ぜるように弄んだ。



「俺はお前が蛍に思えて仕方ない」

『……っく……』


本当はその言葉を意味は知っていたけど。


私は昴さんの温かい背中にしがみつくのが精一杯だった。




「お前のためなら止めるよ、煙草くらい」


昴さんの甘い声を聞きながら、私の胸に小さな赤い火が灯る。


『…っ、…やっぱり、買おう?灰皿……』

「はぁ?止めるって言ってるだろ?信用しろよ」


きっと赤い蛍は、ずっとあなたに焦がれ続ける。

そしてずっとずっと、私の胸を熱くさせ続けるんだろう。



「まぁ…ちょっと時間はかかるだろうけど…色々と」

『…うん…』




昴さんはまた呆れたように笑う。





「…泣くなよ、バカ」






END





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