Chrome Hearts 誠二は公安部の自分のデスクで仕事を続けていた。周りはまだ公安部の人間が居残っている。 石神のデスクは綺麗に埃1つないくらい片付いていた。いつもの事だが、何とも石神らしいデスクの上。今日は捜査の為地方に出ており、ずっと不在だ。 もう一度、石神の性格をよく表現しているデスクを再度見つめた。こんなに綺麗に片付ける男を誠二はもう一人知っている。 それとは逆に、自分のデスクの上の積み上がった雑多な捜査資料を横目に溜息を大きく付いた。 『俺もそこそこ片付けられる男なんだがな…』 そう呟いた。帰るのも面倒な気分になりながら腕時計に視線を落とす。 『今日も泊まりか…』 公安の仕事はそんないいものではない。大抵の人間は、現実を知り他の部署に異動を希望する。毎日がストレスとの戦いで誠二自身が、自分の寿命を縮めているんじゃないかと思っている程だ。石神のデスクに視線を送り首を傾げる。 アレは並の精神力じゃないな…本当に人間じゃないかもしれない…そんな事を心の中で1人ごちた。 公安は特殊な捜査機関。情報は親や友人にすら漏らしてはならないし公安の中では会話ですら、お互いにしか解らない暗号めいたものも使う事がある。 秘密にする事にはもう慣れている。もう一度、“秘密”という言葉を頭で噛み締める。 ペンをデスクに投げ、誠二は徐に立ち上がって公安部の部屋を出て同じフロアにある喫煙ルームに足を向ける。 誰も居ない喫煙ルームは閑散として、自動販売機の低く唸る音が寂しく部屋に響いているだけだった。 誠二は煙草を取り出し、自分のZippoを眺めた。煙草を吸い始めた頃このZippoが欲しくて無理して購入した思い入れのある品物。 ふと、彼女の姿が脳裏に浮かぶ。昔の女ではない…郁美の姿だ。彼女はよく、このZippoに触れては誠二の真似をして火を着けていた。 そんな事を思い出しながら誠二は煙草に火を付け、立ち上る煙をただ茫然と見つめていた。 『郁美、付けたり消したり止めとけよ。火遊びしたら、おねしょするって教えて貰った事あるか?』 『ハハハ…何か聞いた事あります。でも私、子供じゃないですよ』 そう言った彼女は、確かに大人の女だった。目を閉じればベッドの上の彼女のあられもない姿を思い出してしまう。 自分を見る虚ろな目をした普段とは違う色気のある彼女の瞳…その目であの男の事も見ているのか?そう思う自分を心底厭らしい男だと思った。 彼女の甘美に浸るあの声もあの男は知っているだろう…妙な独占欲が働く。自分にもそんな気持ち存在している事に驚いた。 彼女の胸に一柳が付けたであろう小さな印を見つけた事がある。郁美が気付きにくい所に付ける辺り…あの男の性格の悪さというか計算を見た気がする。 しかし、俺はそれができない。それを見つけた時、郁美を独占したい気持ちからその印の上から自分のものを付けた。 今考えると、情けなく…虚しい ― カシャン… 誠二はリッドを開けては閉め、開けては閉めを何度か繰り返す。その度に乾いた金属音が室内に響き渡った。 |