Chrome Hearts


catered by kiki





『俺、風呂入ってくるな…何なら一緒に入るか?』


郁美はその言葉に、慌てて首を横に振ると昴は、『冗談だよ…』と笑ってその場を離れた。郁美は彼の広い背中を見送ってローテーブルにゆっくりと視線を移す。彼の煙草と、一際存在感のあるZippo。



昴の持っているクロムハーツのZippoにはダガーの装飾が施されてある。



彼女の目は、ダガーがデザインされているZippoの一点に視線が集中した。その眼差しは恋慕の情を浮かべている。彼女の視線は今いる空間から、全く違う遠くにある記憶を辿っていた。


彼女の脳裏には、後藤 誠二が浮かぶ。


どうしてこうなったのか、余り覚えていない。しかし、誠二も郁美も知らぬ間に互いに惹かれるものがあった。陳腐な表現だが、郁美にはそう表現する他に言葉が見つかりそうにない。


人目を忍んで二人が会えるのは本当に時々の事だった。
理由は2つ。1つは後藤 誠二は警視庁公安部に配属されている多忙な人間だという事。もう1つの理由は郁美が誠二のかつての同僚、一柳 昴の恋人であるという事。


きっかけは、後藤が郁美の警護に当たるという珍しい事があってからだ。きっかけなんて些細な事だ。優しい一面どこか影のある誠二が気になってしまったのだ。
二人が男女の関係になるにはそう、時間は掛からなかった。会えば、別れる時間が迫るまでお互いを求め合った。別れる時間が来れば彼は、いつも先に部屋を出る…そんな男だった。


彼女の印象に残っている事…


激しい情交を交えた後、寝室の暗闇で艶かしく輝く銀細工のZippo。
煙草に火を点けるほんの一瞬、リッドを開ける金属の甲高い音が耳に響き、いつもの様に彼がフリントホールを回転させると、石が擦れる音と共にオイルの香りが辺りに広がる。煙草がじりじりと燃え、勢いよくライターを閉じてそれを掌へと滑らせる…
この一連の動作は、煙草を吸いなれた…Zippoを使い慣れた男性だからこそ絵になるものだ。艶かしい輝きを放つZippoは例えるなら、男性の躰…そんな所だろうか。



誠二のクロムハーツのZippoには存在感のある十字架の装飾が施されてある。



そのZippoには彼のイメージには似ても似つかない言葉が刻まれていた。“FUCK YOU” この言葉が刻まれているのを見た時に思わず彼女は笑ってしまった


『俺のイメージからは想像が付かないか…確かに露骨な言葉だな』


そう言った彼が、自嘲気味に笑っていたのはよく覚えている。その記憶と共に思い出すのは、彼と過ごした時間、彼の声と彼の香り、ベッドでの彼の表情…


しかしZippoを見るたび、郁美はもう1人の人物の事が頭を掠める。その瞬間・瞬間に心が疼いた…
誠二と昴の繋がり、昴と自分の関係、誠二と自分の接点…そんな超えてはいけないラインを勢い余って踏み越えてしまったのは郁美だった。


こういう関係になる原因はいつだって、往々にして女が悪い…郁美は心の奥底ではそう思っている。



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