涙の欠片 桂木が平泉の部屋をノックする。 中からどうぞと平泉の入室を促す声がして、桂木は一言声をかけて、中へと入った。 中には今回の警護に同行して来た、自分達の班員全員と、何故か別の総理番のSPの松本班の面々がいた。 軽く松本班に目線で挨拶を交わし、平泉の声を待つ。 「桂木君達には、本当に休む間もなく、私の警護に当たってもらってるんだが、たまたま桃田部長とさっき電話をしてね。桂木君達に休みを挙げたいんだとちょっと言ってみたら、たまたま、松本君達の警護スケジュールが空きになったらしくてね。悪いが、彼らに今回の警護を頼みたいと桃田君に話したら、快く了承してくれてね。たった今から、桂木君達は、明後日まで非番になるそうだ。」 非番の声を聞き、そらが小さくやった♪と呟くのを目で威嚇して、桂木は口を開いた。 「でも総理…。それでは今度は松本班が…。」 「桂木警部には普段からお世話になっていますからね。…たまには恩返しさせて下さいよ。」 松本班の班長である松本警部が、桂木に返す。 「だが、しかし…。」 「班長。」 昴が口を挟む。 「…総理の気持ちも察して上げて下さい。」 言われて平泉の方を見やると、穏やかではあるが、どこか悲しみを堪えた笑みを浮かべていた。 「桂木君。君の仕事に対する誇りは良く解っているよ。…けれども、陰で泣いてるあの子の気持ちも察してあげて欲しいんだ。…普段から我慢強い子だが、最近無理をしているんじゃないかと思ってね。…すまないね、ちょっと職権乱用してみたんだ。」 砕けた口調ではあるものの、娘を思う父親としての平泉の言葉に、桂木の心も撃たれた。 「…ありがとうございます、総理。」 平泉に、そして、自分達の代わりに警護に付く松本班の面々に、桂木を含めた班員全員、頭を下げた。 松本班に警護を委ね、桂木達は車を一路官邸へと走らせる。 真夜中に近い時刻に付き、報告書を上げようと中に入ろうとする桂木を昴が制す。 「報告書は俺達で上げておきます。班長は郁美の処へ、戻ってやって下さい。」 「いや…それは。」 「はんちょ♪班長が帰ってくれないと、俺達帰れないんですよ。」 「アイツも喜ぶと思うんで、帰ってやって下さい、班長。」 「班長、今なら郁美さん、まだ起きてると思いますよ。」 それぞれがそれぞれの想いを抱きつつも、桂木の背中に後押しの言葉を掛ける。 皆が郁美の笑顔を護りたいのだから。 「悪い、恩に着る。」 桂木は皆に頭を下げる。 「やですよ〜はんちょ♪オレ達郁美ちゃんが笑顔でいるのが一番なんですから。」 「悔しいっすけど、アイツが笑う時は、班長のそばにいる時ッスからね。」 「郁美さんの笑顔は、チェシャ猫みたいに可愛いですからね。」 「だから、班長。後の事はオレ達に任せて先に帰って下さい。…あっ、何ならオレが変わりに郁美の所へ帰ってもいいですよ?」 「それは全力で断らせてもらう。」 断言して桂木は踵を返して、家路へと着いた。 . |