涙の欠片 「…大丈夫ですよ。…大地さんも、お仕事頑張って下さいね。」 その言葉は、いつになく桂木の胸に引っ掛かる。 伝えて来た言葉だけならば、何時もと変わらぬ、聞き分けの良い郁美の言葉に聞こえる。 だけど。 元気に思わせている様に見せかけていたが、微かに震えた声に、桂木は実は郁美が、必死で元気を装っているように取れた。 桂木の事を思い、自分自身の事を後回しにしてしまう、優しい郁美の悪い癖。 日本一のSPと名高い桂木の傍に生涯一緒にいると決めた郁美は、普段から我が儘を言わず、ただ桂木が仕事に邁進出来る様に心を砕いている。 政局が落ち着かない、昨今の日本。 平泉も必死で、国民の為に動こうとしているのだが、今までに無く議員達の動向が一つに纏まらない。 側近達の薦めもあって、時間の空く限り地方選挙の応援演説に、平泉自らが地方に赴いていく。 総理番のSPでいる以上、桂木達も警護で同行する。 仕事だからと、桂木に会えないでいる寂しさを我慢している郁美の姿は、桂木だけではなく、他のSP達も、そして父である平泉も一番良く解っていたのだ。 「…すまないね、桂木君。…暫く家にも帰っていないのだろう?」 「いえ、総理。これが私達警護課のSPとしての仕事ですから。」 移動の車の中で、平泉は桂木と会話を交わす。 「…郁美が寂しがっているんじゃないかと思ってね…。」 そう話す平泉の顔は、一国の総理の顔では無く、独りの娘を重んじる父親の顔になっていた。 (…郁美) 先程の僅かな休憩時間に短い通話を交わした際、伝わった郁美の悲しさ、寂しさが、今になって桂木の胸の中を、去来する。 僅かに締め付けられる、胸の奥。 でも今は、どうしてやる事も出来なくて。 ただ、ただ、無事に今回の任務を終わらせて、郁美の元へ帰ろうと、心の奥で決心していた。 . |