涙の欠片








何時ものように、夕食の準備をしている郁美。




予定では今日は定時で、桂木が帰って来るはずであった。




ふと、聞こえてきたテレビのニュース番組のアナウンサーの声に、耳を傾ける。




地方での選挙が毎週毎に行われる、今年の夏。




父である平泉も、時間の許す限り地方へと出向いていく。





このニュースもそんな地方の選挙を取り扱っており、平泉の所属している一議員の選挙運動が、思いの外芳しくなく、急遽平泉の現地入りを伝えるニュースが流れてきた。




と、同時に鳴る郁美の携帯。




…もしかしてと、着信を知らせる画面を確認すれば、やはりその相手は桂木であった。




「…もしもし、郁美か?」




「…お疲れ様です。今ね、ニュース見てました。…お父さん行くんですね。そして大地さんも。」




「…すまない。その通りなんだ。」




受話器の向こうで、本当に申し訳なさげに佇んで、携帯を当ててる姿が郁美の目に浮かんだ。





少し落胆した気持ちを悟られないように、極めて明るい声で返す。




「…大丈夫ですよ。お仕事ですもん。ただ、無事に私の所へ帰って来て下さいね。」




「…郁美、ありがとう。…明後日には必ず帰るから。」



ともすれば震えそうになる声を、必死で抑えて、何時も通りの明るい声を出したつもりでいた。






桂木は日本一のSPと呼び名の高い人間で、彼に専属で警護に付いてもらった事がきっかけで、郁美と桂木は恋に落ちた。




傍にいた郁美自身が一番、SPの仕事の大変さや、桂木の仕事への誇り、総理番SPの班長としての立場などを理解していた。




約束をしても、それが守れなかったり、すっぽかされたりする事も、多々ある事で。




それを含めてでも、桂木を愛したのは自分であったし、又、そんな桂木の足手まといにもなりたくないと。




どんな些細な事でも我慢をしていて。




ただ、桂木に仕事に邁進して欲しいと。




桂木が自分を選んだ事を、自分のわがままで後悔するような事態だけは、避けたいと常々思っていた。





けれども。




頭で理解する事と、気持ちの収まり方は別物で。





桂木の仕事に対する姿勢も何もかも解っていても。





普段、会えないでいる寂しさ、約束が守れなかった事から起こりくる落胆、そんなものが郁美の気持ちを掻き乱す。




…今日も帰って来ないんだ…。




寂しさを感じさせて、それじゃダメだと桂木の提案で一緒に住むようになったのに。





こうも同じ家に暮らしているにも拘わらず、会えないでいる日々が続くと、流石の郁美も、寂しさに心が軋み、今にも泣き出してしまいそうになる。






作りかけていた料理を見て、ポロポロと涙が落ちる。





(っ…泣いちゃ…だ…め…大地さんは…お…しご…となんだ…から…)





下唇を噛み締めて涙をこらえるも、落ちだした涙は、止まる事を知らなくて。





…たまには、泣いても…いいよね…





そばのソファに突っ伏して、流れる涙を拭う事もせず、ただ、ただ、涙が止まるまで、郁美は一人で泣き続けていた。














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