Smell of cigarettes


sellde by ミュウ



カシャン。

ボッと火の点く低い音と共に、白い煙が立ち上る。

ふうっと、深く吸い込んだ空気を吐き出すと。

彼はテーブルに置いたシガレットケースを手に取った。

革製のそれは、この仕事を始めた時に買ったものだ。

イタリア製の一点もののアンティーク。

身体に刻まれた傷と、胸に着けた紋章。

そして、いつの間にか背負ってきた責任と。

それに比例するように、その革製のシガレットケースも、色に深みが加わっている。

フッとかすかに笑みをこぼして、彼はそれを内ポケットにしまった。

「アイツに出会ってから…か」

こうして煙草を口にする回数が減ったのは。

小さなつぶやきが静かな夜の空気に溶けていく。

もう一度、煙草をくゆらせて、彼はゆっくりと立ち上がった。


「…ん…昴、さん…?」

ふわっと鼻をかすめる甘いコロンの香りの中。

懐かしい煙草の匂いが混ざっている気がして、わたしは意識を浮上させた。

「…悪い。起こしたか?」

無意識にシーツを手繰り寄せながら、薄っすらとまぶたを開けると。

間近にわたしを覗き込む昴さんの顔があった。

「お帰りなさい…」

まだ覚めきらない意識の中、伸ばした手で彼の頭を抱き寄せる。

「郁美…どうした?」

「…昴さん、煙草の匂いがする…」

やわらかい彼の髪が、頬をくすぐって。

同時にギュッと、シーツごと身体を抱きしめられた。

「昴さ…」

彼の名前を呼ぼうとしたその声は、やわらかな感触に阻まれ。

熱い吐息が首筋から胸元へと降りていく。

シーツの波を縫って、彼の手がわたしの温もりを探って。

「…あ…」

知らずこぼれたため息が、闇に飲まれていく。

素直じゃないあなただから。

今日はわたしから甘えてあげる。

「郁美…」

お互いの熱が少しずつ高まって。

絡み合う吐息がゆっくりとわたしの思考を溶かしていった。


かすかに夜明けの気配を感じて、ふっと目を覚ます。

目の前にあるのは、昴さんの整った寝顔。

腰に回された腕の温もりに心地よさを感じながら、わたしはそっと頬に手を伸ばした。

「わたしじゃ…頼りにならないと思うけど…」

そうつぶやいて、彼の厚い胸に顔を埋めると。

規則正しいやわらかな鼓動が聞こえてくる。

そのままわたしは、背中に回した腕でギュッと彼のことを抱きしめ返した。

「わたしも、昴さんのこと…守るから…」

トクン、トクン。

耳に優しく響いてくるその音に、ゆっくりとまぶたが下りていく。

再び薄れていく意識の中で、彼の囁きが聞こえた気がした。

「…十分、守られてるよ、俺は…郁美。愛してる…」


――End.



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